テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

イマドキュ ごっつぉあるよー ~倉子ばあちゃんとリヤカー~

番組ID
207249
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年05月27日(日)13:00~13:30
時間(分)
27
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形放送(YBC)
製作者
山形放送(YBC)
制作社
山形放送(YBC)
出演者
ナレーション:小坂憲央
スタッフ
プロデューサー:伊藤清隆、ディレクター:金内忠、撮影:村山猛、撮影:江口了二
概要
日本海に面した山形県庄内地方に、港に水揚げされたばかりの魚をリヤカーに積んで行商する女性たちがいる。地元の人たちは彼女たちを「浜のアバさん」と呼ぶ。“アバ”とは“お母さん”の意味。戦後まもなく700人ほどいたアバさんだが、現在はわずか数人に減って高齢化している。◆鶴岡市由良の佐藤倉子さんは、半世紀余りにわたってアバさんを続けてきた。早朝から夜遅くまで働きづめの倉子さん。80歳を過ぎて仕事を引退してもいい年齢だが、なぜ現役で行商を続けるのか。そこには地区のお得意さんとの絆や、家族の支えがあった。番組では倉子さんの日常に密着し、地域の今を見つめる。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第60回エンターテインメント番組優秀)

同じ年代の公開番組

CBCスペシャル 千円の約束

1941年、日本統治下の台湾で、国籍の違う2人の青年が同じ下宿先で暮らしていた。1人は台北一中に通う日本人・小野駿一郎さん。もう1人は、上海からの中国人留学生・沈維屏さん。16歳同士、国の壁を越え、兄弟のように仲の良かった2人。だが、その同居生活は半年で終わり、お互いの存在を気に掛ける余裕さえないまま、終戦を迎えた。◆2人が再会したのは1946年。敗戦国となり、台湾から日本へ引き揚げる小野さんの前に、沈さんは現れた。沈さんは日本統治時代の建物等を引継ぎ管理する中国国民党の接収委員となっていた。戦争によって立場がまったく変わってしまった2人。親友の苦境を見た沈さんは「次に会う時に返してくれ。必ず生きて会おう」と、当時の大金である千円を小野さんに手渡した。◆約束から66年の歳月が流れた。しかし、2人が再び会うという願いは叶っていない。「敗戦後の日本で生き延びることができたのは、親友・沈維屏さんのおかげ。何とかもう一度会って千円を返し、お礼を言いたい」。CBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」に届いた1通のメールをきっかけに、番組は87歳となった小野さんの約束を果たす旅路を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’12 技術売買 ある中小企業の決断

製造業の街・東大阪市にある特殊加工会社「ユニックス」。苗村昭夫社長は12人の従業員の雇用を守るため、創業から30年かけて培った独自の塗装技術を中国の会社に売却することを決めた。取引額は数千万円。借入金の返済が厳しくなる現状で、願ってもない額だ。苗村社長は「技術は日進月歩、新たな技術を生み出せばいい」と強気だが、思わず本音もこぼれる。「あるのは技術。今なら金になる」。◆前年、苗村社長は上海に渡り、大規模な商談会に臨んだ。中国企業の関係者で溢れた会場は、基盤技術を獲得をしようとする熱気に包まれていた。苗村社長は「周りにも技術売買に関心を持っている企業はある」と言うが、必ずしもハッピーなシナリオばかりではない。中国政府要人を介さないビジネスには、裏切りが付きまとうという。社長自身も、売買の契約をしたものの、金が振り込まれず破談になったケースを体験しているのだ。それでも苗村社長は「これしかない」と技術売却にかける。社員は「技術を渡すのはさびしいが社長についていく」、妻も「この人なら大丈夫」と覚悟を決めた。◆企業の命である「技術」を売ったあと、中小企業に何が残るのか。それが連鎖的に進んだ後、技術立国といわれたこの国に何が残るのか。そして技術を手に入れた中国は、日本にとってどんな存在となるのか。番組では、岐路に立つ日本のものづくりの現状とそこにある苦悩を描き出す。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.