テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

ラジオ特集 ドキュメント・原爆ドーム前

番組ID
R23085
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2017年08月06日(日)20:05~20:55
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK広島
出演者
ナレーション:八田知大、声:丸子ようこ、声:奥野てっぺい、声:三浦ひろみ、声:知愛、声:君崎滋
スタッフ
制作統括:金澤利夫、取材:八田知大、取材:中山果奈、構成:八田知大、構成:中山果奈、技術:寺尾広志、効果:谷口文雄
概要
広島では、2016年のオバマ米大統領訪問を機に外国人観光客が急増している。被爆から72年の夏、原爆ドーム前では多くの外国人が対話を重ねていた。6万人におよぶ外国人に被爆の実態を伝え続けたきた三登浩成さん(71歳)。三登さんは母親の胎内で被爆したため被爆そのものの記憶はないが、母から被爆体験を聞き取り、その思いを受け継いで被爆の実態を伝える活動を11年間ほぼ毎日続けている。三登さんと母のやりとり、三登さんに共感して母国でヒロシマを伝え始めた米国人を取材し、ドーム前から世界に発信されるメッセージを見つめる。
受賞歴
芸術祭賞(第72回優秀賞)

同じ年代の公開番組

デンスケが拾い集めた日本の戦後/文化放送開局65周年特別番組

1990年代前半まで、ラジオ放送局には欠かせない機材があった。取材用の肩掛け録音機「デンスケ」である。文化放送が開局以来、事件現場で取材・録音した音声と取材に当たった放送記者の証言とともに、戦後日本のさまざまな出来事を振り返る特別番組。案内役は、文化放送報道デスクの鈴木敏夫と、元文化放送報道部長の西山弘道。番組が取り上げる事象は次のとおり(1)日本、国際連合に加盟/1956、(2)正田美智子さん皇太子妃に決定/1958、(3)東海道新幹線開業/1964、(4)三億円事件/1968、元日本兵=横井庄一さん、小野田寛郎さん帰国/1972・74、(6)三島由紀夫事件/1970、(7)日米安保条約改定=国会周辺デモ、岸信介首相退陣、浅沼稲次郎刺殺事件/1960、(8)浅間山荘事件/1972、(9)ベトナム戦争/1972、(10)沖縄本土復帰/1972、(11)佐藤栄作首相退任会見/1972、(12)三菱重工ビル爆破事件/1974、(13)イラン・アメリカ大使館占拠事件/1979。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
気ままにラジオ 雨の日 晴れの日 曇りの日

平日午後の生ワイド番組。定期的にパーソナリティがスタジオを飛び出して、香川県内各地の話題を生放送で送る。(2009年4月放送開始)◆話題の人物をスタジオに招く「1時の特集」には、さぬき男介護友の会会長の森寛昭さんをゲストに迎える。今や男性介護者は3人に1人、全国で130万人いると言われ、森さんも妻の介護を10年以上続けている。「男性って、どうしても一人でクヨクヨしがちだけど、一人で悩まず話し合う場をつくりたかったんだよね。お酒でも飲みながらね」という明るい語りロは、介護は大変というイメージを変える。瀬戸内海の島々を話題を伝える人気コーナー「「し・ま・だ・よ・り」、今回は東京から4年前に豊島に移住し、レモンの栽培をしている堤郁恵さんにお話を聞く。豊島は産業廃棄物の不法投棄事件で「ゴミの島」として有名になってしまったが、自然豊かな島として未来に残そうとレモン栽培を始めた人がいて、堤さんはその心を受け継いだ。レモン栽培は個人の事業ではなく、後に引き継ぐ事業だと思っている、と語る。


adaptive_audio_micトーク・ワイドショーradioラジオ番組
SCRATCH 線を引く人たち

RKB毎日放送の神戸記者は、東京に異動し単身赴任を始めた直後に、神奈川県相模原市で発生した障害者殺傷事件に遭遇し、強いショックを受けた。それは記者自身に障害のある子供がいたからだ。「息子よ。そのままで、いい」と綴り、父親として個人的にフェイスブックに投稿した文章は、おぞましい事件に対抗するメッセージとして、社会に広く拡散した。この文章に曲がつけられ、8分の歌となった。この歌を放送しようと模索する中で、TBSラジオとの共同制作番組の企画が生まれた。植松聖被告は、事件を起こした動機を「障害者には生きている意味がないから」と供述した。インターネット上に一定程度存在する、その動機を是認する人々。辺野古基地反対派や在日コリアンに対するヘイトスピーチ。通底するのは、相手との間に一線を引き、線の向こう側の人々の存在や尊厳を否定する行為であることだ。神戸記者は葛藤しながらも、植松被告に会うことを決意する。面会を申し込むと、被告から承諾の返信が来た。そこには、「子供をいつまで生かしておくのですか」と書かれていた。圧倒的な憎悪の前に立ちすくみながら、障害児の父でもある記者は、植松被告と直接対峙することになった。◆TBSラジオ・RKB毎日放送共同制作 報道ドキュメンタリー


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.