テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

近藤丈靖の独占ごきげんアワー ごきげん農家サミット2019初夏

番組ID
R22713
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年05月28日(火)09:00~11:49
時間(分)
56
ジャンル
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
新潟放送(BSN)
製作者
新潟放送(BSN)
制作社
新潟放送(BSN)
出演者
スタッフ
制作:石割恵美子、演出:佐藤智也、構成:佐藤智也
概要
メインパーソナリティの近藤丈靖と、曜日ごとの女性アシスタントが、“ごきげん”な時間を届ける平日朝の生ワイド番組。(2007年4月放送開始)◆番組では毎朝、新潟に欠かせない四つの「F」(Fish・Farm・Flower・Food)をテーマにした名物コーナー「今朝のF」を展開している。Farmがテーマの火曜日は、「農家フレンドテレフォンショッキング」として新潟県内の農家と電話を繋ぎ、普段の作業や農業をしていて感じる喜びなどを聞いてきた。この日は、新潟市で「G20新潟農業大臣会合」が開催されたことにちなみ、これまでの出演者をスタジオに招いて「ごきげん農家サミット」を放送。5名の農家が登場して就農のきっかけや一日のスケジュール、農作業での欠かせないアイテムを紹介した。その他リスナーからの質問やメッセージも紹介し、参加型の企画を通じて農家のプロ意識と新潟農業の可能性を伝えた。

同じ年代の公開番組

知的障がい者サッカーチーム “横浜F・マリノス フトゥーロ”夢へのキックオフ

「フトゥーロ」とは、スペイン語で「未来」のこと。横浜F・マリノスの知的障害者サッカーチームのチーム名である。将来、このようなサッカーチームが当たり前のように存在する社会になってほしい、という願いが込められている。チーム誕生のきっかけは、2002年のFIFAワールドカップ。横浜F・マリノスの「もっとヨコハマのサッカーを盛り上げていこう!」というプロジェクトの中で「障害のある方にもサッカーを楽しんでほしい」という思いから、横浜F・マリノスと日産スタジアムに隣接する障害者スポーツセンター横浜ラポール、横浜市体育協会の三者が協力し、2004年にチームが結成された。◆当時を知る横浜F・マリノスの木村浩吉元監督、現在フトゥーロを率いる宮下幹生監督、フトゥーロを支える横浜ラポールの小山良隆コーチ、そしてメンタルをサポートする長田菜美子コーチにインタビュー。さまざまな個性を持つ選手たちを、15年かけて現在のようなチームにまとめあげた道のりを聞く。2019年3月29日、横浜F・マリノス対サガン鳥栖戦の前座試合として行われた紅白戦に出場。15分間の試合終了後、日産スタジアムを埋め尽くしたサポーターからの「ウィー・アー・マリノス!」コールに選手たちは笑顔で応えた。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成directions_bikeスポーツradioラジオ番組
青春アドベンチャー 日本のヤバい女の子〔3〕

本を開き、時空と虚実を飛び越えて、昔話に登場する「女の子」と現代に生きる「私」がガールズトークを繰り広げる。日本の昔話に登場する「女の子」たちの人生を大胆に読み解き、物語と社会の呪縛から、彼女たち、そして現代の私たちを解放しようとするラジオドラマ。(全5回)◆第3回「変身する女の子・清姫」。ある日、熊野詣に来た1人の若い僧がいた。名は安珍、大変な美形であった。宿を探していたところ、伏し目がちで可憐な清姫という娘がいる屋敷にたどり着いた。清姫は安珍に一目惚れしてしまった。清姫に迫られた安珍は、熊野詣の帰りに迎えに戻ると約束するが、清姫を迎えに行かなかった。約束を反故にされた清姫は変わり果てた姿となって安珍の前に現れたが、人違いだと彼女を振り切るように進んでいく。怒った清姫は大蛇の姿となり、道成寺に逃げ込んだ安珍を鐘楼ごと怨念の炎に包み焼殺した。その後、大蛇のまま海に身を投げたという清姫。このやりきれない清姫の恋心に同情した「私」は、清姫のもう一つの物語を作りたいと彼女の元まで汽車で会いに行くことを決めた…。


recent_actorsドラマradioラジオ番組
語り継ぐ稲むらの火 ~生かされなかった梧陵の教訓~

1854年、安政の南海地震・津波に立ち向かった濱口梧陵の史実を物語にした「稲むらの火」を朗読しながら、物語の五兵衛と、実在する梧陵の違いや、梧陵を形成した経験や交流、どのようにして梧陵が津波に立ち向かったのか、さらに津波の後の広村(現・和歌山県広川町、梧陵の出身地)を救った梧陵の偉業を紹介する。その一方で、梧陵の教訓を生かせなかった悲しい事例として、東日本大震災で多くの犠牲者を出した宮城県石巻市立大川小学校での悲劇を紹介し、「裏山に逃げたほうがいい」と先生に進言した児童の声がなぜ迅速な避難に結びつかなかったのか、防災の専門家に分析を聞く。今に通じる先進的な梧陵の精神を受け継ぐため、広川町では、安政の南海地震から50年を経て津浪祭をスタートさせ、その歴史は100年以上となる。東日本大震災の発生から8年を経た被災地が、早くも風化を懸念する中、広川町では新たに子どもの語り部を育成する取り組みを始めていた。「やがて訪れるかもしれない未曾有の危機を乗り切るために後世に語り継ぐ」。濱口梧陵の地元では、今を生きる者の責任を果たそうとする思いが形になって現れている。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組