テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

悠ちゃんと人工ヒレ

番組ID
R21377
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年05月30日(金)21:00~21:40
時間(分)
39
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
ラジオ関西(CRK)
製作者
ラジオ関西(CRK)
制作社
ラジオ関西(CRK)
出演者
語り:林真一郎
スタッフ
ディレクター:竹内亮貴、プロデューサー:内藤泉、取材:林真一郎
概要
カメには喜怒哀楽があるのだろうか。生物学から見てカメはどんな動物だろうか。神戸市立須磨海浜水族園で飼育されている1匹のメスのウミガメにスポットを当てる。◆6年前、1匹のメスのアカウミガメが魚網にかかり、悠ちゃんと名付けられた。彼女の前足はサメに食いちぎられ、そのほとんどを失っていた。本来なら海へ返すのだが、ある中学生の「傷ついたカメを海に放すことはやめて」という一言がきっかけで、プロジェクトが始まった。悠ちゃんに人工のヒレを装着しようという計画だ。当初開発にあたったのは、義肢を作る会社。しかし言葉は通じず、喜んでいるのか嫌なのかもわからないし、カメにとって何が泳ぎやすいのかもわからない。試行錯誤の末に作ったヒレは36個に及んだ。生物学者、科学者、ボランティアの人たちが、異なる考えを持ちながらも、カメの幸せとは何かと共に悩み、考え、そして楽しんだ5年間を追う。

同じ年代の公開番組

YBCラジオスペシャル 花は咲けども ある農村フォークグループの40年

山形県長井市のフォークグループ「影法師」は、結成40年の“おやじ”4人組。メンバーの二人は専業農家で、地方、農業の現場から社会を風刺する歌を紡ぎ出してきた。代表作「白河以北一山百文」では「原発みたいな危ないものは 全て東北に押し付けて 浮かれて暮らすのは東京の人だけ(標準語訳)」と歌った。それから20年後、福島第一原発の事故が起きた。メンバーは心配が現実になったことにおののき、自分達の非力を悔やんだ。そして2年後、「花は咲けども」を発表した。震災復興支援ソング「花は咲く」へのアンチテーゼだ。「国や財界は原発事故を早急に幕引きしたいのでは」と感じた彼らは、この曲を歌いながら、事故を風化させてはならないと訴える。「花は咲けども 春をよろこぶ人はなし 毒を吐き出す土の上 うらめし、くやしと 花は散る」。直接的な被害を受けていない者が福島の被災者の心情を歌っていいのか、という後ろめたさや葛藤があった。しかし、「東北で誰かがものを言わない限り、福島は完全に見えなくされてしまう」。福島の避難区域に今年も桜は咲いたが、愛でる人の姿はない。影法師は、この曲を多くのミュージシャンと歌い広めていくプロジェクトを始めた。影法師の歌を通して“東北と中央の理不尽な関係”を浮き彫りにし、「花は咲けども」に込めた思いを伝える。


music_note音楽cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
TOKYO FM特別番組 これからを見つめて ~LOVE&HOPE 3年目の春だより~

東日本大震災の発生以来3年、平日の毎朝放送を続けている復興支援番組「LOVE&HOPE」の特別番組。これまでに出会った被災地の若い世代の足跡をたどり、課題と現実を浮き彫りにしつつ、復興に向かう彼らの声を伝える。◆震災と原発事故の後、福島県大熊町から長女と長野県に移り住んだ木村さんは、持続可能なペンションの開業に奔走しながら、現在も毎月大熊町に足を運び、行方が分からないままの次女の捜索を続けている。木村さんから次女への手紙をパーソナリティが朗読する。また、テレビドラマ「あまちゃん」で一躍注目を集めた岩手県の三陸鉄道から、震災学習列車の模様をレポート。震災が起きた時刻には岩手県釜石市の鎮魂の鐘と共に黙祷を捧げる。最後は岩手県大槌町で震災語り部ガイドを務める高校生の小林さんが、どんな町と自分の未来を心に描いているのか、亡き祖母へ綴った手紙を自身で朗読する。パーソナリティのロバート・キャンベル氏は、「声は力を持っている。東北は遠くにあると感じるが、声でつながることができる」と語る。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
YBSラジオスペシャル 水腫脹満茶碗のかけら 地方病100年の闘い

「水腫脹満」とは、お腹が膨れて衰弱し、やがて死に至る恐ろしい病。古くから山梨県の風土病で、水腫脹満にかかると欠けた茶碗のように元に戻らず死んでしまう、と言い伝えられた。「地方病」とも呼ばれる「日本住血吸虫病」である。明治中期から原因究明が始まった。甲府市の三神医師が病原寄生虫を発見し、長野県出身の宮入博士は日本住血吸虫が寄生する貝を発見(ミヤイリガイと命名)した。昭和町の医師、杉浦健造・三郎親子は住民の治療に尽力した。こうした努力で治療と予防も進み、1996年に終息が宣言された。一方、ミヤイリガイ駆除のための水路コンクリート化で、国の天然記念物だったゲンジボタルが激減。ホタル愛護会が復活に向けて活動している。海外では今もこの病気で毎年2万人以上が死亡している。市立甲府病院元神経内科医長の林さんは長年フィリピンで患者を治療してきた。また、山梨県内で今もミヤイリガイの生息が確認されている。今後の患者発生の可能性も否定できず、100年以上この病と闘った先人達の思いを風化させてはならない。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.