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ラジオ番組

SBCラジオスペシャル My place 川中島の保健室

番組ID
R21315
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放送日時
2014年05月25日(日)15:00~15:50
時間(分)
43
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)
出演者
ナレーション:三島さやか
スタッフ
ディレクター:笠原公彦、プロデューサー:西沢透
概要
養護教諭を退職した白澤章子さんは、長野市川中島の自宅に町の人のための保健室を開いた。誰も来ないのでは、という不安に反し、開室から4年半で利用者はのべ3000人にのぼった。相談者は白澤さんの養護教諭40年のキャリアと明るくパワフルな人柄に魅かれて、保健室の扉を開く。その入り口には、ビーズで作られた看板が飾ってある。白澤さんの宝物で、開室の日の朝、元教え子が持って来たものだ。その女性は白澤さんが最後に勤めた中学校で、保健室登校をしていた。いじめで心に深い傷を負い、保健室は唯一の居場所だった。中学卒業後、高等専修学校を1年で中退し、自宅で過ごしていたが、白澤さんが保健室を作ると再び居場所ができ、3年遅れで高校に進学した。卒業後は夢の実現のために短大に進み、現在は2年生で就職活動をしている。白澤さんは女性の成長に寄り添い続けた。女性は川中島の保健室と白澤さんへの気持ちを「My place」という自作の歌に込めて歌う。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第62回教養番組部門優秀)

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日本海に面した内灘村(現・内灘町)は、村のほとんどを潟と砂丘地が占める人口約6000人の漁村だった。1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米軍は日本企業に砲弾を発注し、その性能を検査する試射場が必要となった。内灘村議会、石川県議会をはじめ反対運動が高まったが、内灘村長は補償金などを条件に試射場受け入れを承諾。しかし1953年4月まで4ヶ月の期限付きだった試射場を、政府は永久接収を目論み、継続使用を決定した。対する村民達は永久接収反対実行委員会を結成し、労働組合や学生など全国からの支援を受け入れる。試射が再開されれば永久接収を止められない。6月15日の試射再開前夜、試射場内の権現森の座り込み小屋に向かう一団と警官隊がついに衝突し、反対運動は頂点に達した。翌日試射が再開され、「浜返せ」と叫ぶ“おかか”たちの目前で砲弾が炸裂した。基地はいらないと全国を揺るがした内灘闘争から約60年。内灘村は人口2万7千人のベッドタウンとなった。「風と砂の館」前館長の西尾さんは、「あの頃の人たちは戦争に進むかどうか、ここが分岐点と敏感に感じていた。ボートは後ろを見て漕がないとまっすぐ進まない」と、過去から学ぶことの大切さを訴える。


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