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radio
ラジオ番組

防災ラジオ 私達にできる事

番組ID
R20725
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年03月09日(金)12:10~12:20
時間(分)
27
ジャンル
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
アール・エフ・ラジオ日本(JORF)
製作者
アール・エフ・ラジオ日本(JORF)
制作社
アール・エフ・ラジオ日本(JORF)
出演者
スタッフ
演出:増田宏之、制作:高倉亨
概要
毎週金曜の12時10分から放送している10分間の防災情報番組。(3回分を公開)◆3月9日の放送は、東日本大震災から1年を迎える被災地からのレポート。高倉記者が宮城県名取市と石巻市をを取材し、仮設住宅に暮らす人々の声や街の様子、復興状況を伝える。首都圏で同様の災害が起きれば、地下街で大きな浸水被害が予想される。◆4月13日、20日放送では、東日本大震災からの教訓を首都圏にどう生かすか、早稲田大学教授の柴山知也さんに東京湾と神奈川県沿岸地区の防災注意点を聞く。「想定外」をなくそうと、津波被害の新しい予測図が発表された。その図には、横浜駅周辺や横浜スタジアムなど、従来よりも大幅に拡大した浸水予想地域が示されている。過去には鎌倉大仏が浸水した記録も残っている。高い避難場所のない海岸では、避難タワーの建設や海水浴客への備えも必要だ。柴山さんは、一人一人が災害リスクに敏感になって、自宅や学校、職場で地震に遭うと何が起こるか、どう避難するか常に考えることが重要だと訴える。

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