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ラジオ番組

ラジオ深夜便 いま戦争を考える 平和な明日を築くために 黙殺された歴史を蘇らせる

番組ID
R03411
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2006年08月08日(火)01:10~01:49
時間(分)
39
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
概要
戦争体験者の生の声を伝えるインタビューシリーズ。今回は高松空襲を記録する会の喜田さんの話を聞く。昭和20年7月4日は高松空襲の日。喜田さんはこの日が人生の99%だと語る。当時喜田さんは12歳。高松だけは大丈夫と思い、防空頭巾もかぶらずに外で飛行機を見ていたが、ついに空襲が始まる。父は「逃げるな」、母は「逃げる」と対立。母子は父を残して防空壕へ避難し、火が流れ込んできたが、這いつくばっていて助かった。焼け跡で父と再会できた。戦後、喜多さんは空襲を記録する会を作り、1359人の空襲体験者を確認。亡くなった人たちが、自分たちのことを伝えてと言っていると感じたと語る。(インタビューの部分のみを収録)

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