テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

消えたオペラの灯

番組ID
R01010
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
1996年05月28日(火)18:00~18:41
時間(分)
41
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
北日本放送(KNB)
製作者
北日本放送(KNB)
制作社
北日本放送(KNB)
出演者
語り:酒井昌則
スタッフ
制作:山口林一、技術:神山勉、構成:桐谷真吾
概要
富山市が200億円を投じて進めてきた名門音楽大学の誘致計画が、大学側から突然白紙撤回された。その背景には様々な問題があったことが関係者のインタビューから浮び上がる。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第44回報道番組部門優秀)

同じ年代の公開番組

録音でつづる戦後50年 高度成長と農業(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「高度成長と農業」。農民作家の佐藤藤三郎さんと農業の問題について考える。◆昭和31年から33年の頃の農業は、米も野菜も作れば高く売れた時代で、農家も意欲を持って農業に励んでいた。しかし昭和35年になると、所得倍増計画という政府の政策があり、その農村版ということで農業基本法が成立する。その法律は農民の立場に立ったものであったのかどうか疑問であったと佐藤さんは言う。◆農村から若者が都会へと出て行き、農村の人口はどんどんと減少していった。結局、第二次産業、第三次産業に労働力を回す狙いがあったのではないかと佐藤さんは語る。その後の農業は、規模の拡大ということで機械を導入することになるが、それに見合うだけの収入はなく、借金返済のため出稼ぎ等、農業以外に収入を考えなければならなくなった。◆昭和42年、米は大豊作で農家はボーナス景気であったが、その後も豊作が続き、古米が余る状態となり、政府は生産者米価を据え置くとともに減反や転作を奨励していくこととなった。しかし麦や豆を作っても外国から入ってくる価格には追いつかず、転作は増えなかった。◆米を除けば、穀物類の80%近くは輸入によるものであり、消費者はこの事情をよく考えて欲しいと佐藤さんは話す。番組では草野比佐男さんの詩と朗読が紹介される。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
録音でつづる戦後50年 ロッキード事件とベトナム戦争終結(1974~1976年)

NHKに保存されている録音で戦後を振り返る『録音でつづる戦後』。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「ロッキード事件とベトナム戦争終結」。元新聞記者でジャーナリストの黒田清さんと1974~1976年の3年間を振り返る。◆昭和49年は、前年のオイルショックにからんでの便乗値上げもあり、物価は上昇するばかり。その原因が大手商社や石油関連会社だということで、そうした企業に対する世間の反感は相当に強かった。そして東京丸の内の三菱重工ビルでテロによる爆発事件が起こり、通行人など7名が死亡する大惨事となった。このような無差別テロは毎月のように続いた。◆昭和50年は戦後30周年を経過した年となるが、調査によると戦後生まれの人が国民の半数を占めるという結果になった。当時、新聞記者であった黒田さんは「今、戦争について検証しておかなければ、悲惨な戦争に対する思いが風化する」と考え、戦争について新聞に連載を始めたという。取材を続けてみると戦争の暗い影はかなり残っていることを感じたと語られる。◆泥沼化していたベトナム戦争は、アメリカが莫大な費用と5万人以上の戦死者を出す犠牲を払いながら、昭和50年4月にベトナムから撤退することになった。◆昭和51年は、日本で初めての五つ子ちゃんの誕生や巨人軍の王貞治選手がホームランの世界記録を達成するなど、明るい話題もあったが、いわゆるロッキード事件が起こり田中角栄元首相が逮捕されるという事件が発生した。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組