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ラジオ番組

ラジオ倶楽部スーパーサタデー ラジオに寄せられた老人介護家庭からの手紙

番組ID
R00699
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放送日時
1995年05月25日(木)
時間(分)
60
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
東北放送(TBC)
製作者
東北放送(TBC)
制作社
東北放送(TBC)
出演者
スタッフ
構成:阿部聖、構成:渡辺哲男、制作:内ヶ崎晴男、技術:星肇
概要
放送局に寄せられた45件の「行方不明になった徘徊老人を捜して欲しい」という依頼。放送で呼びかけた尋ね人のその後を取材し、認知症と介護家族の実態、そして高齢化社会の今後を考える。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第43回生ワイド番組部門優秀)

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NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「家中がラジオで笑った時代」。「ホントにホント」や「面白ゼミナール」などのクイズ番組の放送作家として活躍している井上頌一さんをゲストに迎え、家中がラジオで笑った時代、戦後の茶の間で人気を集めたクイズ番組にスポットを当てる。◆昭和22年にスタートした「二十の扉」は出題する問題を一般から募集していたが、一日に2万通もの今では考えられないような応募があったという。放送史上最初のクイズ番組は、昭和21年に始まった「話の泉」であるが、この番組は正解が一つとは限らない手法や解答者のキャラクターが存分に出るなど、クイズ番組としての魅力を十分に持っていた。出題問題を一般から募集していたため、聴取者参加型番組としても人気を博した。ラジオは全国の人々の娯楽、楽しみを一元化していった。◆このようなクイズ番組がアメリカの放送番組の日本版であったのに対し、純日本版といわれるのが「とんち教室」であった。日本には昔からトンチやなぞなぞといった遊びに伝統があり、この番組もクイズ番組と同様大変人気があった。◆こうした番組をじっくりと聞いた井上さんは、昔のクイズ番組のすばらしさを痛感するとともに、これからは基本的で正確な知識を話題にするクイズ番組が誕生しても良いのではないかと話す。


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NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「安保で揺れた年」1960年を振り返る。◆昭和26年に調印された日米安全保障条約がいろいろと問題があるとして改正されたのが昭和31年であるが、この改正に反対した学生たちを中心とする人たちは激しい闘争を繰りひろげた。いわゆる60年安保闘争である。昭和35年当時、NHK社会部のデスクとして取材の陣頭指揮をとっていた梅村耕一さんと当時を振り返る。◆昭和32年、ソビエトは人工衛星の打ち上げに成功した。これはアメリカの大陸間弾道弾の技術がソビエトより遅れていたことを意味するものであり、こうしたことが安保改正の背景にあったと梅村さんは話す。◆5月19日政府は、新安保の成立を図るため委員会での質疑を打ち切り会期の延長を決定した。これに対し社会党議員は衆議院議長室の前に座り込みを行い、警察官が導入されるなど大混乱になった。国会周辺では学生に死亡者が出るほどの激しい抗議でもが行われた。政府が強行採決をしたのは、6月20日にアメリカ大統領夫妻の来日が予定されていたため、それまでに安保の改正を決めておく必要があったためだと梅村さんは言う。◆三井三池炭坑では、大量の人員整理をめぐって長期間にわたる労働者争議が行われたし、南米のチリで発生した津波は三陸地方に押し寄せ100人以上の死者を出す大災害となるなど、昭和35年も大変な年であったと梅村さんは語る。


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