テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

大毎ニュース 676 脳性マヒとたたかう

番組ID
N01829
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1964年07月08日(水)
時間(秒)
199
カテゴリ
社会
概要
東京都村山町の東京小児療育病院は、日本初となる6歳以下の脳性マヒ患者のための専門病院。この病院は院長の藤永さんら7人の女性医師の思いによって5年前に計画された。そしてその建設費はすべて募金によってまかなわれ、1964年3月に完成した。食事すら思うようにいかぬ子供が相手だけに、看護も1人に1人以上が付かなければならない。全国で3万人を超す脳性マヒの子供たちも根気強く治療すればやがて自立できるようになると、みんな一生懸命。脳性マヒは発病の原因が不明のため、何とか糸口をつかもうと研究所の建設工事も始まった。こうした折り、障害をもつ子供たちを支援する「おぎゃー献金」の全国運動が発足した。この日は2ヵ月の闘病生活のかいあってようやく歩けるようになった坊やの退院日。もっと多くの脳性マヒの子を救いたいというのが医師たちの願いだ。(町から村から・現地ルポ)

同じ年代の公開番組

大毎ニュース 690 東京オリンピック 第一報

聖火が東京に到着。1964年10月9日、皇居前広場で一つにまとめられた聖火を迎えてわきたつ前夜祭。ギリシャから招待されたカッセリ夫人も参加して、日本情緒豊かにオリンピック・ムードを盛り上げた。この夜、新興国スポーツ大会に参加した選手の出場が認められず、全員帰国することになった北朝鮮とインドネシア選手団のお別れパーティーが開かれた。北朝鮮の金メダル候補辛金丹選手も開会式の前夜帰国した。アジアで初めて開催される大会に北朝鮮、インドネシア両国が不参加は主催国の日本として残念な出来事だった。10月10日は開会式の日は秋晴れのオリンピック日和となった。国立競技場周辺には開門前から10万を越える観客がきた。神宮絵画館前のサブトラックには各国選手団がお国ぶりの服装で勢ぞろい。入場行進前に交歓風景も見られた。先頭はギリシャ、アフリカの新興国、カメルーン、コンゴは初参加。キューバ選手団、東西ドイツ統一チーム、それに次ぐアメリカ、ソ連はお互いに最強を誇るライバル同士、日本選手団の行進を最後に終了。参加国94ヵ国、約7千人の若人が集う世紀の祭典、第18回東京オリンピック大会は昭和天皇の大会宣言でははなやかに幕をあけた。その頃聖火は皇居前をスタート、国立競技場に向かう。オリンピアで採火されてから51日目、2万6千キロのコースを10万人もの若人達の手によってリレーされた聖火が最終ランナー坂井義則君の手にしっかりと渡された。やがて聖火は観衆の見守るうちに会場へ到着、聖火台に点火された。あかあかと燃え上がる聖火のもとオリンピック競技が始まった。大会3日目、渋谷公会堂で行われた重量あげフェザー級に出場した三宅義信選手は自分の持つ記録を更新して堂々優勝、日本初の金メダル。


videocamニュース映画