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ニュース映画

毎日世界ニュース 428 社会党再び分裂

番組ID
N00867
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上映日
1959年10月21日(水)
時間(秒)
199
カテゴリ
政治・経済
概要
猪俣浩三統制委員長による西尾末広氏の譴責処分決定によって、1ヵ月ぶりの社会党大会は分裂の危機にさらされた。西尾派は脱党も辞せずと、1959年10月16日から再開される党大会には出席しないと声明、九段の都市会館に立てこもった。河上丈太郎派は党の統一を守るため、西尾派と手を切って大会に参加したが、野溝勝派も和田博雄派も、譴責処分は生ぬるいと除名決議案をかかげて議場は混乱。成り行きに気を揉む浅沼稲次郎書記長と鈴木茂三郎委員長。新役員の選出に右派から入ったのは浅沼書記長唯一人。こうして社会党は挙党一致も見ずに、1959年10月17日悲痛な幕切れを迎えた。その翌日、西尾派はついに社会党に決別宣言を発し、西尾新党樹立に向かった。行を共にする水谷長三郎氏。この日1959年10月18日。安保闘争を前に社会党は再び分裂を繰り返したのである。

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毎日世界ニュース 418 波紋投げた原爆記念日

東京から、新潟から、そして、南の果て与論島から始った1000万人の平和行進は、1959年8月4日、目的地の広島に到着した。3コースの団長たちは真っ黒に日焼けした顔で、感激の握手を交わした。一方、全日本学生自治会総連合の学生たちも続々と到着。安保条約改定反対を掲げて世界大会に参加した。こちらは大会に背を向けた右翼の連中。ニセの平和大会をぶっ潰せと原水爆禁止日本協議会の安井郁理事長にねじ込んだ。また、ソビエト代表にも「帰れ帰れ」と食ってかかる狼藉ぶりで、折角の世界大会も、とんだ邪魔が入った。一方ではイギリスや西ドイツ代表が、核武装反対で西ヨーロッパだけを非難すると、大会に不満を抱いて脱退するなど思わぬシコリを残した。こうした中で迎えた1959年8月6日、新たに187名の死亡者を加えた原爆慰霊碑の前に、2人の遺児が花輪を捧げ、悲しみも新たに3万人の参加者は深く頭を垂れて犠牲者の冥福を祈った。この時、頭上を旋回する飛行機から、またも心ない右翼の宣伝ビラ「ニセの大会にだまされるな」が撒き散らされた。しかし広場にはこの雑音もよそに、深い悲しみと平和への祈りが静かに流れていた。右翼の連中もさすがに気がとがめるのか、警官に後を付けられながら神妙に黙祷を捧げた。こうして色々と波紋を投げた原水爆禁止世界大会も、1959年8月7日、安井理事長が読み上げるヒロシマアピールを最後にその幕を閉じたが、年毎に派手になって来た世界大会の陰には、被爆者の切々たる訴えも聞かれる。そして8月9日、原爆第2号の地長崎でも平和への祈りが捧げられた。これが14年目を迎えた広島と長崎の原爆記念日の表情であった。


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