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ニュース映画

毎日世界ニュース 265 ヴェニスの映画祭 イタリア・東京

番組ID
N00165
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上映日
1956年09月19日(水)
時間(秒)
34
カテゴリ
文化・芸術
概要
第17回ヴェニス国際映画祭で、日本映画はこの年初めて設けられたサン・ジョルジオ賞を受け、市川崑監督の「ビルマの竪琴」が最優秀作品の折り紙をつけられた。日本映画の水準の高さを認められた明るい話題であった。(週間話題)

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毎日世界ニュース 277 メルボルンオリンピックニュース 日本選手団善戦

前半不振を伝えられた日本選手団も、後半水上、体操など得意の種目にそれぞれ入賞、日章旗をいくたびかメルボルンの空に掲げた。大会9日目、男子400mリレー決勝、アメリカ(ベーカー、キング、マーチン、モロー)が39秒5の世界新記録で優勝。マラソンはフランスのミムンが2時間25分9秒で優勝。2位はユーゴのミハリック、3位はフィンランドのカルボーネン。川島義明選手は足の痛みをこらえ、各国の強豪を押さえて5位(2時間29分19秒)に入賞。女子飛板飛び込みで日本の津谷鹿乃子は8位にとどまった。10日目、200mバタフライ決勝、石本隆はアメリカのヨージック(2分19秒3で1着)と息詰まるような熱戦の末第2位(2分23秒8)。水上陣初の日章旗を揚げた。13日目、200m平泳ぎ決勝、期待の古川勝が王者の貫禄を示して2分34秒7のオリンピック新記録で堂々優勝、吉村昌弘も2分36秒7で2位に入賞する殊勲をたてた。14日目、1500m自由形決勝は山中毅、オーストラリアのローズ、アメリカのグリーン、3選手三つ巴の熱戦を展開、山中最後の追込み物凄くローズに迫ったがついに及ばず2位(18分0秒3=日本新記録)にとどまった。ローズは17分58秒9のオリンピック新記録で1着。体操でも小野喬が鉄棒で優勝。竹本正男ら各選手(久保田正躬、相原信行、塚脇伸作、河野昭)もそれぞれ妙技をふるい、団体で2位に入賞した。日本選手団は、各競技を通じて19本の日の丸を揚げ、各国選手と4年後ローマ大会での再開を約し友情の絆を堅くした。こうして2週間にわたる民族の祭典、メルボルン・オリンピック大会の閉幕を迎えたのである。◆【参考】メルボルン大会のメダル獲得数(金・銀・銅)、ソビエト(37・29・30)、アメリカ(32・25・17)、オーストラリア(13・8・14)、日本(10位)(4・10・5)。〔注〕ボクシング各級3位と夏の馬術(スウェーデンのストックホルムで1956年6月に開催、毎日世界ニュース252を参照)を含まず。


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毎日世界ニュース 275 メルボルンオリンピックニュース 民族の祭典ひらく

1956年11月22日、11万の大観衆で埋まったメルボルン・オリンピック・メインスタジアムでは、世界67ヵ国4千人を超える若人によって、「民族の祭典」第16回オリンピック大会の華やかな開会式が行われた。各国の選手団は、民族特有の色とりどりの服装で次々に入場、中でも日本選手団の整然たる行進はスタンドの賞賛を浴びた。午後4時25分エジンバラ公の開会宣言が行なわれ、遙々とギリシャから主催国オーストラリアへとリレーされた聖火が、金色の聖火台に赤々と点ぜられた。大会2日目、女子円盤投げ決勝、チェコのフィコトワは53m69cmを投げ、オリンピック新記録で優勝。日本の吉野トヨ子は惜しくも予選で失格だった。10000m決勝は、ソビエトのクーツと、イギリスのフィリーによる息詰まる接戦の末、28分45秒6のオリンピック新記録でクーツが優勝。日本選手の活躍が期待される重量挙げバンタム級では、アメリカのヴィンチが342.5キロで優勝。日本の古山征男はよく頑張って8位に入った。この日、日本選手はよく健闘し、バンタム級では南部良雄が305キロの日本新記録で第6位、フェザー級では白鳥博義が325キロの日本新記録で堂々第5位に入賞した。こうして国境を越えて結ばれたスポーツの祭典は、2週間にわたる豪華な幕を開けたのである。


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毎日世界ニュース 249 日ソ復交をめぐって 河野農相帰国

日ソ漁業交渉の河野一郎農相は、1956年5月26日、およそ1万の人が出迎える羽田空港に帰った。手に手に日の丸の旗をかざし、のぼりを立てる歓迎に応えてご満悦だ。直ちに車を連ねて外務省へ重光葵外相を訪問、さらに鳩山一郎邸を訪ね、首相に帰国の報告を行った。越えて29日、衆院本会議において報告を行ったが、交渉経緯、暫定取決め内容などについて野党から鋭い追及を受けている。これより先の24日、吉田茂前首相ら外交界の長老は東京会館に集まり、日ソ国交回復問題について、日本側の主張は軽々に譲るべきではないと意見の交換を行なった。25日には北村徳太郎訪ソ議員団の主催で、ドムニツキー、チフビンスキー(新任)両氏の歓送迎会が開かれた。また、在ソ留守家族代表や漁民代表約2000人は、28日東京に集まり日ソ国交回復の促進を訴えた。一方、韓国に抑留された肉親を早く返してほしいと、西日本水産基地の留守家族は東京に代表を送って、李(承晩)ラインの即時撤廃、強力な外交で漁民を救えと訴えている。◆【李承晩ライン】昭和27年(1952年)1月19日、韓国の李承晩大統領が海洋主権宣言を出して、一方的に設定した水域境界線。域内に入る日本漁船を捕らえ、漁民を抑留した。


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