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ニュース映画

毎日世界ニュース 250 特集 汚点残した第24国会

番組ID
N00088
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上映日
1956年06月08日(金)
時間(秒)
419
カテゴリ
政治・経済
概要
新教育委員会法案の審議をめぐって、参議院の与党と野党の対立はますます激化、廊下でも本会議場でも激しいもみ合いが続き、ついには10数名の負傷者を出して救急車も駆けつける騒ぎとなった。1956年6月2日、松野鶴平議長はついに警官隊500名の出動を要請、警官の一部は本会議場にまで入った。警官警護のもとに新教育委員会法案は可決成立、政府与党は祝杯をあげ、社会党は次の機会に備えている。こうして幾多の波乱を巻き起こした第24通常国会は、警官隊の議場入場という一大汚点を残して、1956年6月3日閉会。与野党の決戦は、来るべき参議院議員選挙に持ち込まれることになった。

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毎日世界ニュース 249 日ソ復交をめぐって 河野農相帰国

日ソ漁業交渉の河野一郎農相は、1956年5月26日、およそ1万の人が出迎える羽田空港に帰った。手に手に日の丸の旗をかざし、のぼりを立てる歓迎に応えてご満悦だ。直ちに車を連ねて外務省へ重光葵外相を訪問、さらに鳩山一郎邸を訪ね、首相に帰国の報告を行った。越えて29日、衆院本会議において報告を行ったが、交渉経緯、暫定取決め内容などについて野党から鋭い追及を受けている。これより先の24日、吉田茂前首相ら外交界の長老は東京会館に集まり、日ソ国交回復問題について、日本側の主張は軽々に譲るべきではないと意見の交換を行なった。25日には北村徳太郎訪ソ議員団の主催で、ドムニツキー、チフビンスキー(新任)両氏の歓送迎会が開かれた。また、在ソ留守家族代表や漁民代表約2000人は、28日東京に集まり日ソ国交回復の促進を訴えた。一方、韓国に抑留された肉親を早く返してほしいと、西日本水産基地の留守家族は東京に代表を送って、李(承晩)ラインの即時撤廃、強力な外交で漁民を救えと訴えている。◆【李承晩ライン】昭和27年(1952年)1月19日、韓国の李承晩大統領が海洋主権宣言を出して、一方的に設定した水域境界線。域内に入る日本漁船を捕らえ、漁民を抑留した。


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