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テレビ番組

テレメンタリー2025 シリーズ戦後80年 レプリカ ~被爆遺品の伝言~

番組ID
219874
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2025年08月06日(水)09:55~10:25
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
広島ホームテレビ(HOME)
製作者
広島ホームテレビ(HOME)
制作社
広島ホームテレビ(HOME)
出演者
ナレーション:浜田治貴
スタッフ
撮影:熊田好洋、編集:熊田好洋、撮影:潮見大輔、撮影:吉田真智、取材:川村凌、CG:樫部さおり、MA:出水菜々、音響効果:冨田康、ディレクター:斉藤俊幸、プロデューサー:立川直樹、テーマ曲:相知明日香
概要
広島市の原爆資料館の年間来館者は200万人を超え、今年3月には1955年の開館以来の累計来館者が8千万人に達した。核使用の危機が迫る世界情勢にあって、その惨禍を世界中から学びにやってくる。全国の被爆者の平均年齢は今年86歳を超え、初めて10万人を下回った。訪れる人たちに原爆の恐ろしさを直に伝えてきた被爆者による「証言」の機会が減りつつある今、被爆者が残した「遺品」の重要性が高まっている。そんな被爆遺品の一部には“レプリカ”が存在した。“本物”と同じように収蔵庫で大切に保管されているものの、館内で日の目を浴びることはない。なぜレプリカが作られるようになったのか。製作過程を取材すると、遺品に残された被爆者の伝言ともいえるメッセージが見えてきた。“レプリカ”という存在から、被爆80年の現状と「伝承のカタチ」に迫る。

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