テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

やったぜ!じぃちゃん

番組ID
217926
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2022年05月23日(月)01:20~02:20
時間(分)
51
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
CBCテレビ
製作者
CBCテレビ
制作社
CBCテレビ、ホーボーズ
出演者
ナレーション:塩見三省
スタッフ
構成:宮崎祐人、撮影:川瀬荘司、撮影:河野仁志、撮影:井上太一、音声:宮本和也、音声:八木菜摘、編集:島崎道也、音響効果:今井志のぶ、MA:福井楓栞、ディレクター:仲尾義晴、プロデューサー:藤井稔
概要
生まれつきの脳性マヒで障がいがある舟橋一男さん。子供の頃は「20歳までは生きられない」と診断された一男さんだが、74歳の今も元気に暮らしている。出会ってすぐに、一男さんの言葉を理解できた瑞枝さんと結婚し、二人の娘をもうけ、さらに孫まで生まれた。今なおパソコンを操り印刷の仕事をし、積極的に外出し、家族に囲まれ、楽しく前向きな毎日を過ごしている。今からちょうど50年前。CBCのカメラが一男さんを撮影し、『やったぜ!かあちゃん』というドキュメンタリー番組にまとめていた。障がい者4人だけで、他人の力を借りず北陸の温泉に旅する様子を記録したものである。その旅の50周年の記念に、一男さんは再び石川県を訪ねるとともに、印刷の技術を生かして個人史の執筆を始めた。50年前の映像を交えながら、一男さんが感じること、思うこと、日常の暮らしを静かに描く。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(2022年準グランプリ、エンターテインメント番組最優秀)

同じ年代の公開番組

映像’22 骨は誰のものか 返還を求める琉球・アイヌの人たち

明治期、日本がアジアで植民地政策を進める中で、日本人の起源についての研究が盛んになり、北海道や沖縄などで人類学者らによる人骨の発掘・収集が行われた。それらは現在も大学や博物館に保管されているが、中には地域の人たちの意に反して集められたものも含まれていたとみられている。2012年以降、アイヌの人たちから「遺骨返還訴訟」が起こされ、2017年、北海道大学とアイヌの人たちとの間で和解が成立。日本政府はアイヌの人たちへの遺骨返還をすすめ、直ちに返還できないものは、北海道・白老町のウポポイ(民族共生象徴空間)の慰霊施設に集約・管理しつつ、「慰霊施設では調査・研究は行わない」としている。一方、沖縄の人たちによる「遺骨返還訴訟」は、京都大学を相手に係争中だ。被告の京大は「人骨は大切な研究材料で、墓からの持ち出しは正当な許可を得たもの」として、返還に応じていない。先住民族の遺骨返還が国際的な潮流となる中、京大はアイヌ遺骨も同様に保管していて、返還に応じていない。そもそも人骨研究は、どのように社会に貢献するのだろうか。そして、墓から持ち出された骨は誰のものなのか。番組では、今後の研究倫理のあり方をめぐる学会での議論などについても伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
サンドのこれが東北魂だ 三陸ハイウェイを北上せよ! 復興からその先へ

東日本大震災以降、被災地の現状を伝え、復興を応援し続けてきた「サンドのこれが東北魂だ」。シリーズ第11弾となる今回は、2021年12月に宮城県仙台市から青森県八戸市まで全線が開通した「三陸沿岸道路」を縦断する。全長359km、これまで8時間35分かかっていた仙台~八戸間が3時間20分も短縮できることから、観光・物流など多方面に大きな波及効果が期待されている。震災からまもなく11年、別名「復興道路」と呼ばれるこの道を使って、被災地のいまを見つめ、東北の新たな魅力を見つけ出していく。◆宮城・東松島市では、復興のシンボルでもあるブルーインパルスの本拠地、航空自衛隊松島基地を訪問。飛行の舞台裏とパイロットたちの東北復興への思いに迫る。宮城・気仙沼市では、唐桑半島の民宿「つなかん」の名物女将との再会。震災直後、ボランティアの人たちに、せめて宿泊場所を提供したいと被災した自宅を無償で開放したのがきっかけで、民宿「つなかん」を始めた。しかし、5年前、2度目の悲劇が女将を襲う。そんな女将に、気仙沼でカフェを経営する俳優の渡辺謙さんから感動のメッセージが贈られる。◆解説副音声あり


groups芸能・バラエティーcinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ヒロシマ 祈りの場の1年 ~2021年8月―2022年7月~

広島の平和記念公園には日々どんな人がやって来るのか、公園の日常を1年にわたって記録した。渡部和子さん(78歳)は、毎日夜明けとともに公園内の原爆供養塔にやって来て、塔周辺の落ち葉を丁寧にかき集め、献花台を清掃する。ここには約7万柱の引き取り手のない遺骨が納められている。20年以上ボランティアを続ける渡部さんは「7万と言われてもおひとりおひとりのそれまでにかけがえのない人生があったんだし、希望があった。輝かしい人生を原爆で断ち切られたんですから」と語る。取材を続ける中、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった。世界が不安に包まれたその頃、被爆2世の画家、ガタロさん(72歳)が原爆ドームを見つめていた。彼はかつて1年間にわたり原爆ドームを描き続けたことがある。廃墟となったウクライナの街と原爆ドームが重なり、再び原爆ドームに向き合い始めた。核兵器の脅威が再び突き付けられた世界を憂い、ガタロさんは今日も絵筆を執る。元旦、慰霊碑で“千人献花”を行う人々。毎月6日、60年にわたって原爆供養塔での読経を続ける僧侶。毎日、原爆死没者追悼平和祈念館で被爆体験記を読む男性。今日も祈りの場には様々な人が訪れる。平和公園で出会った人たちを通して、「ヒロシマの思い」が映し出される。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.