テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ニュースプラス1特集 届かなかったSOS 検証・矢巾町いじめ自殺

番組ID
210178
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年08月22日(土)10:00~10:30
時間(分)
28
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ岩手(TVI)
製作者
テレビ岩手(TVI)
制作社
テレビ岩手(TVI)
出演者
スタッフ
取材:蔦京平、撮影:田中進、構成:藤原哲也、制作:藤原哲也
概要
2015年7月、岩手県矢巾町で、当時中学2年生だった少年が列車の前にホームから飛び込み、自殺した。少年は以前から、学校のクラス担任と日記形式でやりとりする「生活記録ノート」で、再三にわたって「いじめ」の被害を訴えていた。それにも関わらずいじめはなくならず、少年は自殺した。なぜこうした事態になったのか。そして最悪の結果を防ぐためには何が必要なのか。一連の問題を振り返るとともに、教育の専門家をスタジオに招いて検証した。

同じ年代の公開番組

HBC戦後70年スペシャル 幻の札幌五輪 戦火に散ったジャンパー

終戦70年が近づいている。戦時中、国の決定が多くの夢や希望を踏みにじり、断ち切った。追い立てられるかのように戦地へ赴いた若者たち。彼らはその時代をどう生きようとしたのか。◆戦前の北海道・小樽に、将来を嘱望されたスキージャンプ選手がいた。久保登喜夫さんだ。小柄ながら卓越した身体能力を持ち、17歳の時に日本選手権で優勝。1940年2月に開催が決まっていた「冬季オリンピック札幌大会」におけるジャンプ競技の有力候補選手として注目されていた。◆だが時代は、オリンピックの開催を許さなかった。日本は日中戦争の悪化から国際的に孤立を深め、国内でも五輪反対論が高まっていく。1939年、日本政府は東京と札幌で決定していた夏と冬のオリンピック大会について、開催権を返上した。◆そして戦争は、久保登喜夫さんの人生をも奪う。終戦の年、沖縄の海で敵艦に特攻。23歳で命を散らせた。戦争が幻と終わらせた“夢の祭典”1940年の札幌冬季五輪。そしてオリンピック出場を夢見ながら、戦場で命を散らすしかなかった若きジャンパー・久保登喜夫さん。番組では、久保さんを知る人々を訪ねて戦争が奪い去った若者の夢を辿り、今ではあまり語られなくなった「幻の札幌五輪」計画に迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
テレメンタリー2015 シベリアからの遺言

終戦後、旧ソ連は満州や樺太などで投降した日本軍兵士や民間人約57万5千人を、シベリアや中央アジアなどの収容所に送った。過酷な労働、寒さに飢え…。約5万5千人が死亡したとされる。多くの日本軍兵士が1950年代までに帰国を果たした一方で、数十年もの間、現地で生きざるを得なかった民間人がいた。◆阿彦哲郎さんもその一人。樺太に生まれ終戦を迎えた少年時代、無実の罪で捕らえられてシベリアに送られ、そして厳しい抑留生活が始まった。戦後しばらくしてシベリアから帰国する人達は大勢いたが、中には阿彦さんのように日本に身寄りがないため、帰国することができないシベリア残留者が数多くいた。◆彼らの存在は1990年代になってようやく明らかになったが、そのとき既に彼らには外国人妻との間に子が、そして孫がいた。日本語も忘れていた。日本に永住帰国を果たした人。日本に帰国後、再び抑留された異国の地へと戻る人。彼らの運命は戦争に翻弄された。◆遠く離れた国で暮らす日本人の血を引く家族。日本とカザフスタン、2つの国に暮らす元抑留者やその家族の今を追った。彼らに聞いた。もし戦争がなかったら?そしてあなたは今、幸せですか?と。数奇な運命を生き抜いて、年老いた彼らが私達に語る重い言葉とは…。シリーズ戦後70年(6)。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.