テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NHKスペシャル 仁淀川 青の神秘

番組ID
209096
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年03月25日(日)21:00~21:49
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK高知
出演者
語り:ソニン、語り:今井朋彦
スタッフ
作曲:高木正勝、その他:高橋宣之(映像提供)、デザイン:梅原真、撮影:大倉孝敏(協力)、撮影:丸山幸治(協力)、撮影:世宮大輔、照明:坂本圭、音声:小川一登、音声:小西伸二、映像技術:鴻巣太郎、編集:池田尚彦、音響効果:高石真美子、取材:筒井芳典、ディレクター:斉藤勇城、ディレクター:西川多紀、制作統括:上田拓
概要
圧倒的な透明度を誇りながら、日本人の水の記憶を呼び起こす清流がある。四国を流れる一級河川「仁淀川」だ。胸を打つような美しい水は「仁淀ブルー」と呼ばれ、水質は日本一。河原に目を向ければ、水遊びに歓声をあげる子どもたちやアユ取りに熱中する漁師など、昔ながらの人と川の触れ合いが残っている。そして、驚くべきことに河口までもその水は青く輝いている。巡る四季のなか、この日本一の清流を源流から河口まで旅する。

同じ年代の公開番組

どーんと鹿児島 尾木場 ~操さん85歳 棚田と生きる~

春、一面緑の田んぼで「トラクターの上は最高ですよ」と話す野上操さん85歳。薩摩半島の真ん中、日置市東市来町・尾木場の棚田の田守人だ。標高325mの山の斜面に広がる、4ha60枚の尾木場の棚田。その中でもひときわ目を引くのが、操さんの全長200mもある田んぼ。田打ち、代掻き、田植えに稲刈り、そして秋には200mの長い掛け干しが出来上がる。その曲線は人の手と山の風景がつくる芸術品のようだ。◆尾木場の棚田は、明治時代に野上休右衛門という農夫の手によって開墾が始まった。休右衛門は操さんの祖父・喜次郎の兄にあたる人物。山の湧き水とため池の雨水を頼りに、明治・大正・昭和と時代を経て石を積み上げた棚田は「休右衛門新田」と呼ばれるようになった。山の上の小さな集落の暮らしを支えてきた棚田。先祖が開墾したこの棚田の四季の営みを、操さんは60年以上大切に守り、暮らしている。◆しかし今では、集落の人口は30人、平均年齢は70歳を越えている。ひとり息子に先立たれ跡継ぎの居ない操さんも、山のふもとの病院に入院する妻タミさんの看病をしながらの農作業を続けてきた。戦後まもなく結婚し、山の上で操さんと働き続けてきたタミさん。そんな妻のため、操さんは早朝から棚田の作業、そして午後からは病院へ通う生活を休むことなく続けてきた。そして一昨年の5月、タミさんは帰らぬ人となり…。尾木場の自然に抱かれるように暮らす田守人、野上操さんの日々を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
いのち。伝えたい 特別番組 ~被災地医療のいま~

2011年3月11日14時46分。三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の大地震と、それに伴う津波による東日本大震災が発生。この震災で岩手、宮城、福島の3県を中心とした東日本の沿岸部が甚大な被害を受け、岩手県内では4672人が亡くなり、現在も1146人が行方不明となっている(2012年4月30日現在)。◆この震災で沿岸部の医療施設も大きな被害を受けた。岩手県内に340あった医療提供施設(病院、診療所、歯科診療所、薬局)のうち、180の施設が被災。再開を果たした施設もあるが、震災の発生はもともと医師が少なく医療過疎が問題とされていた沿岸地域に大きな打撃を与えた。◆そんな中、震災が起きたことがきっかけで岩手の地に移り住み医療活動を行う医師もいる。2011年4月、岩手県立大槌病院に着任した宮村通典医師は、「被災地の医療を支援したい」と故郷の長崎県から大槌に移り住んだ。心と身体の両面をケアする心療内科の専門家として、長崎県の大きな病院で副院長を務めていた宮村医師。彼にはもう一つの顔がある。それが僧侶としての顔だ。◆信仰が厚かった両親の影響と、実の弟が仏門に入ったことをきっかけに、宮村さんは53歳で自らも出家した。一時医師の仕事を休んで、日蓮宗の総本山・久遠寺などで修行を積んだ。今も震災で亡くなった人の供養にと、毎朝読経を欠かさない。宮村さんがその立場を投げ打ってまで被災地に移り住み、医療に携わる訳とは何なのか。そして、宮村さんの目から見た被災地の医療の現状や課題を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
はやぶさから宇宙の学校

JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授の的川泰宣さんは1942年、広島県呉市生まれ。宇宙工学の専門家で、日本の約300のロケット打ち上げに関わってきた。奇跡とも言える運命をたどった小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトにもエンジニアとして関わり、大きな役割を果たした。◆的川さんは2005年、JAXAに宇宙教育センターを設立するにあたり、その必要性を何年も提案し続け、実現にこぎつけた。そしてJAXAを退職した2008年にNPO法人「子ども・宇宙・未来の会」を立ち上げ、全国に「宇宙の学校」を展開してきた。「宇宙の学校」は現在全国の39か所に設立され、多くのところで定員を大きく上回る親子が参加している。◆「宇宙の学校」の目的は、宇宙を題材にして子供たちの好奇心、冒険心、ものを作る匠の心を引き出すこと。それに加えて子供たちの未来の目標を見つける手伝いをし、独創性を育むことにも意を注ぐ。題材は宇宙だけでなく自然科学から広く選ばれるようになっている。的川さんはなぜ「宇宙の学校」に情熱を注いでいるのか、子供たちの未来に何を託しているのか、その思いに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.