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テレビ番組

新・三銃士〔1〕 旅立ちの朝

番組ID
207810
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放送日時
2009年10月12日(月)18:00~18:20
時間(分)
20
ジャンル
crib
幼児・子供
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
原作:アレクサンドル・デュマ、脚色:三谷幸喜、操演:安藤?一、操演:おかの公夫、操演:磯辺美恵子、操演:川口英子、操演:高橋弘一、操演:佐久間おさむ、操演:清水正子、操演:梶野由紀子、操演:がこさく、操演:桑折康子、操演:日下永、操演:池村光子、操演:玉木暢子、操演:小倉悦子、操演:高橋ちひろ、キャラクターデザイン:井上文太、音楽:スパニッシュ・コネクション、テーマ音楽:平井堅、タイトル:加藤隆、人形製作:菅澤敬一、衣装:山村エナミ、人形指導:佐藤東、美術:神藤恵、技術:堺浩晃、技術:安藤清茂、技術:渡辺暁雄、音響効果:片平洋資、CG:鈴木聡、VFX:近藤貴弓、編集:高野博史、グラフィックデザイン:半田淳也、演出:山本健介、制作統括:紀平延久
概要
アレクサンドル・デュマの名著「三銃士」を三谷幸喜が脚色した連続人形劇。無鉄砲だがまっすぐな心を持つ主人公・ダルタニアンが、パリの街に出て伝説の三銃士と出会い、さまざまな困難を経ながら立派な銃士へと成長する姿を描いていく。ETV50周年企画。(2009年10月12日~2010年5月28日放送、全40回)◆第1話「旅立ちの朝」。時は1625年。フランス南西部の田園地帯に暮らすダルタニアンは、父ベルトランから剣術を教わる平穏な日々を過ごしていた。一方、パリでは、政治の実権を握るリシュリュー枢機卿に対抗するために、アンヌ王妃がかつて国王に仕えていた近衛銃士隊の復活をもくろんでいた。しかし、その王妃の思惑を知ったリシュリューは、親衛隊長のロシュフォールに、銃士隊の中心人物だったベルトランの暗殺を命じる。
受賞歴
放送文化基金賞(第36回エンターテインメント番組賞、美術賞)、映像技術賞(第9回映像技術奨励賞(美術))

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再審の開始が決定している「足利事件」と「布川事件」、この2つの事件をとりあげ、日本の冤罪の構図を探ってゆく。◆「足利事件」:2009年6月4日、足利事件の受刑者であり、再審請求の請求人である菅家利和さんが千葉刑務所から釈放された。有罪の決め手となったDNA鑑定が全く違っていたことが判明した。検察は全面敗北を認め、再審開始、無罪判決という手続きを待たず、菅家さんの釈放に踏み切ったのだ。これは刑事司法の歴史上、かつてないことだった。◆この検察の行動に歩調をあわせるかのように、6月23日東京高裁も再審開始の決定を言い渡した。一見、菅家さんと弁護団の勝利とも見える事態だったが、足利事件弁護団の佐藤博史弁護士は「これは菅家さんを無罪の罪に陥れた“冤罪の構図”を解き明かす機会を奪うものだ」と反発し、裁判所と徹底的に闘うと宣言している。菅家さんを嘘の自白に追い込んだ警察と検察の責任と、いい加減なDNA鑑定を鵜呑みにした裁判所の責任。それらを自白の下に晒し、冤罪の構図を解明することが阻まれようとしている。◆「布川事件」:1967年8月、茨城県利根町・布川で発生した強盗殺人事件で、2人の男性が犯人として逮捕された。当時20歳の桜井昌司さんと21歳の杉山卓男さんだった。2人は厳しい取調べの中で自白を強要され、自白と目撃証言により、無期懲役の判決を受けた。その後、2人は獄中から無実を訴え続け、1996年に仮出所してからも再審請求の闘いを続け、2005年に水戸地裁土浦支部が再審開始を決定した。現在検察が最高裁に対して特別抗告し審理が続いている。◆この事件では再審請求の過程で多くの、重大な検察の証拠隠しが明らかになった。自白と異なった死因が記された死体検案書、2人のものではないとされた毛髪鑑定書、さらに「現場にいた2人の男は別人だった」という目撃証言まで。この検察の証拠隠しに対して裁判所はまったく無力だ。まもなく、布川事件の最高裁の判断が出る予定だ。◆法治国家といわれるこの国で無実の人間が国家により人生と自由を奪われる。これ以上の理不尽はない。検察と裁判所によって作られた冤罪事件を検証し、その構図を探る。


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テレメンタリー2009 45年目のハネムーン ~病室からタイへ… 覚悟の巡礼~

2009年6月、病院で点滴を受けるひとりの女性がいた。藤原佳子さん79歳、肝硬変で倒れて3年あまり。何度かこん睡状態に陥ったり、肝臓の腫瘍の除去手術も受けたりもした。点滴で命をつないでいるような状態だ。◆佳子さんは夫の元陸軍通訳・永瀬隆さんとともに、泰緬鉄道の犠牲者の慰霊とタイへの「恩返し」に取り組んできた。太平洋戦争中、日本軍がタイとビルマの間に建設した泰緬鉄道では、1万3千人の連合軍捕虜と数万人のアジア人労務者が過酷な労働と栄養不足、コレラや赤痢などの蔓延で死亡した。永瀬さんは終戦直後、連合軍の墓地捜索隊に同行を命じられ、鉄道沿線で遺骨の確認に従事した。また1946年に復員する際、タイ政府は12万人の日本兵全員に米と砂糖を支給してくれた。永瀬さんの活動はこの2つの経験が動機となっている。佳子さんは兄をビルマで亡くした。母から兄の慰霊を命じられていた佳子さんは、永瀬さんと共に戦争犠牲者の慰霊に生涯を捧げることを決意した。◆1964年に一般日本人の海外渡航が自由化されると、夫婦は直ちにタイへの巡礼に赴いた。これが2人にとってのハネムーンだった。翌年からはタイ人留学生を自宅に受け入れ始める。元捕虜との和解の再会計画を実現し、「クワイ河平和基金」を設立して看護学生に奨学金を贈るなどの活動を、二人三脚で続けてきた。◆2008年「最後の巡礼」を済ませた永瀬さんに、佳子さんは「どうしても」と再度のタイ訪問を望む。かばんには主治医が持たせてくれた点滴の処方と薬。入院先の病院を抜け出して、135回目の「ハネムーン」が始まった。2人は「45年目のハネムーン」を無事終えて、大願を成就することができるのだろうか。


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