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テレビ番組

ムーブ 水俣病2度目の幕引きへ ~加害者救済法成立~

番組ID
205053
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放送日時
2009年09月24日(木)02:10~02:40
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
熊本放送(RKK)
製作者
熊本放送(RKK)
制作社
熊本放送(RKK)、HBCフレックス
出演者
取材:牧口敏孝
スタッフ
撮影:鎌田透、編集:田中健太郎、編集:木下浩、MA:宮崎康志、テーマ音楽:元ちとせ、プロデューサー:村上雅通、ディレクター:牧口敏孝
概要
2009年7月8日、水俣病特別措置法が成立した。水俣病の認定基準に満たない患者の救済を標榜しているが、実質的には加害企業チッソを救済する法案といっても過言ではない。その中核をなすのが「分社化」。現在のチッソを補償会社(親会社)と事業会社(子会社)に分離して、子会社株の配当や売却益を患者補償の原資にしようというもの。補償金の支払いのめどがつくと補償会社は清算される。つまり公害の原因企業が消滅することを法的に認め、分社した事業会社は公害とは関係ない企業に生まれ変わることになる。その一方で未認定患者の救済については、一時金の支払い額や対象者を決める方法が先送りされている。何故こんな法律が成立したのか。水俣病被害者・緒方正人さんの視点から水俣病の歴史を振り返り、公式確認から53年目の今を検証する。

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