テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

越中人譚 時代の冒険者たち〔2〕 世界を駆け抜けた美術商 林忠正

番組ID
201164
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2007年05月06日(日)13:00~14:00
時間(分)
51
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
school
教育・教養
放送局
チューリップテレビ(TUT)
製作者
チューリップテレビ(TUT)
制作社
チューリップテレビ(TUT)、北陸チューリップ
出演者
ナビゲーター:西村雅彦、ナレーション:石原良
スタッフ
撮影:富崎英樹、整音:葛誠司、CG:田口衛、CG:新田雅明、翻訳:高木雅人、監修:木々康子、ディレクター:黒崎昇、プロデューサー:西山秀樹、制作統括:服部寿人、テーマ音楽:野崎弘通、コーディネーター:せりこヌッチーニ、照明:中根久、制作:荒川綾子
概要
ふるさと富山の偉人を紹介する「越中人譚プロジェクト」の第二話。100年以上も昔にヨーロッパで巻き起こった「ジャポニズム」(日本ブーム)の立役者・林忠正(1878‐1906)を紹介する。◆林忠正は高岡市出身の美術商で、1878年パリ万博の通訳としてフランスに渡る。これが彼の人生を大きく変える転機となった。折しも日本は文明開化の時代、西洋諸国に追いつくのに一生懸命で、自国の文化や芸術の価値を認める人は少なかった。忠正はそういった日本の状況を危惧し、日本の芸術をまもるためにも、日本の価値を認める海外に工芸品や浮世絵などを大量に輸出していく。日本の美術に関する知識を学び直す一方、当時パリで活躍していたモネ、ドガ、ルノワールといった世界的画家と親しくつきあっていた。また、日本における西洋美術の普及にも尽力した。◆一生を通じて日本とヨーロッパを、東洋と西洋の文化を結び、浮世絵の国際評価を高め、美術界にも多大なる貢献を残した彼の人生に迫る。

同じ年代の公開番組

いきいき!夢キラリ “生きる”に応えた新聞記者 ~骨髄ドナーの180日~

取材で骨髄移植を知った新聞記者がドナー登録を行ったわずか3ヵ月後、骨髄提供の要請が来た。人の命を救うことができる、しかしドナーにも危険がないわけではない。彼と周囲の人々の悩みと決意、そして骨髄移植の現在を描く。◆健康な血液を作りだすドナー細胞と患者の細胞を入れ替える骨髄移植は、白血病など重い血液の病気にかかり化学療法では完治しない患者にとって最後の手段とされている。しかし移植には白血球型の一致が必要で、その確率は兄弟でも4分の1、他人では数百分の1以下に落ちる。入社1年目で重い血液の病気にかかった大学生を取材し、骨髄移植の意義と重要性を知った安岡記者はドナー登録をした。要請に応えることにした安岡記者の母親は、複雑な心境を語る。「本人が決めたことだから。でも勘弁してほしい」。提供を終えた安岡記者は日本で骨髄移植の制度を作った埼玉県在住の一人の女性に会う。彼女からドナーを待つ患者の切実な思いを聞いた安岡記者は、自らのドナー経験をルポとしてまとめることにした。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組