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テレビ番組

ハイビジョンドラマ館 老いてこそなお

番組ID
015965
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放送日時
2003年11月25日(火)20:00~21:14
時間(分)
74
ジャンル
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ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK名古屋
出演者
スタッフ
作:西荻弓絵、音楽:渡辺俊幸、指導:守屋今朝登、ことば指導:和田恒友、制作統括:銭谷雅義、美術:服部正子、技術:吉田克己、音響効果:和田尚也、撮影:川村尚孝、照明:坂野和敏、音声:浅井英人、映像技術:真弓敬司、記録:江川雅美、編集:江川雅美、美術進行:鎌田尚幸、演出:西谷真一
概要
自らを「役立たず」と思い、特別養護老人ホームを“脱走”した男女が、旅先で生きる勇気や愛を見出すまでを描く。◆妻に先立たれ、自らも脳梗塞で倒れて右手が不自由になった山越義祐(三國連太郎)は、息子に引き取られた。しかし息子の会社も不況で火の車、息子夫婦の仲もギクシャクしている。いたたまれない義祐は、右手のリハビリにかこつけて特養へ通い始める。そこで知り合った吉沢文子(渡辺美佐子)に、かつての恋人に会いに行くのを助けてほしいと頼まれた。文子は初期のアルツハイマーで、記憶が無くなる前に再会したいというのだ。義祐の孫・歩(田中碧海)も加わり、3人はヒッチハイクで岐阜の郡上八幡を目指す。

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私は原爆を伝えたかった

戦後58年。被爆体験が風化する中、原爆を落とした側と落とされた側、それぞれの体験者たちは後世に何を伝えたいと考えているのか。関係者の貴重な証言や資料により、原爆投下を日米双方の視点からとらえ、彼らの思いに迫る。◆長崎に原爆を投下したB29パイロットのフレッド・オリビや、観測機の航空士レン・ゴドフレーにインタビュー。様々なトラブルに見舞われた原爆投下までをドキュメントする。積み重なったトラブルによって第1目標の小倉上空への到着が1時間遅れ、その間に厚くなった雲のため目視投下を断念、そして第2目標の長崎へ。その頃、長崎市職員の荒木正人さんはいつものように疎開事務に追われていた。原爆で父親を失い、戦後「長崎原爆戦災史」の編纂に携わった荒木さんの体験を通し、きのこ雲の下の真実を明らかにする。◆番組後半は「情報操作」をテーマに展開する。アメリカは原爆の威力や人体への影響を機密扱いにして、厳しい検閲や情報統制を行った。そのため、原爆の実相は日本人にさえ長く伝えられなかった。原爆投下後、最初に長崎に潜入取材を試みたジョージ・ウェラーの記事は、連合国軍最高司令官マッカーサーによって闇に葬られた。戦略爆撃調査団カメラマンのダニエル・マクガバンが原子野の人々を撮影したフィルムも、機密扱いとなって長く日の目を見なかった。その映像には、著作を通じて反核・平和を訴えた永井隆博士も登場する。永井博士も当時は原爆について自由に書くことが出来なかった。


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