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テレビ番組

週刊ことばマガジン 宮城県「うざぬはぐ」

番組ID
014723
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2005年04月02日(土)09:45~10:00
時間(分)
14
ジャンル
school
教育・教養
放送局
東日本放送(KHB)
製作者
東日本放送(KHB)
制作社
東日本放送(KHB)
出演者
スタッフ
監修:小林隆、音楽:佐藤将展、撮影:田中利志彦、音声:北林竜大、演出:近藤芳和、制作:加藤昌宏
概要
東北と新潟の「ことば」にまつわる物語に深く入り込み、その魅力を発見する知的エンターテインメント番組。毎回1つの方言をピックアップし、地元局のアナウンサーがその歴史や使われ方をレポートする。案内役はコージー冨田。東北6県と新潟県でブロックネット。(2005年4月2日放送開始)◆「うざぬはぐ」とは、「苦労する」の意味。その語源には諸説あるが、宮城県古川市の宮沢地区では、昔の農機具田下駄を「うんざ」と呼び、その作業が大変だったことから、苦労することを意味する言葉に変わったといわれる。こうした意味で使われているのは、宮城県北部から岩手県南部にかけて。山形県庄内地方では「しんめこく」。青森県上北郡、秋田県鹿角郡では「つみをつくる」と言う。取材地の宮城県古川市は人口7万4千人、江合川と鳴瀬川、支流が合流する肥沃な土地柄で、米作りを中心とする農業の町。

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