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テレビ番組

チェルノブイリ小児病棟 求められる医療協力

番組ID
005906
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放送日時
1993年07月31日(土)16:00~16:55
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
広島ホームテレビ(HOME)
製作者
広島ホームテレビ(HOME)
制作社
広島ホームテレビ(HOME)
出演者
ナレーター:岡部政明、ナレーター:中里雅子
スタッフ
通訳:山田英雄、照明:木本正美、美術:小池裕美、美術:高橋実佐、編集:平野和也、編集:鈴木直人、MA:飯森昌信、選曲:田中政文、広報:佐々木直美、取材:芝享、撮影:平野和也、VE:小平俊也、構成:芝享、プロデューサー:山本治
概要
白血病の治療のために広島へやってきたウクライナの少女の様子に、チェルノブイリ小児病棟で奮戦する医師たちの姿を交えて伝え、医療援助の在り方を問う。さらに「放射能汚染」の実際などについて専門家に訊ね、科学的に検証、説明する。◆1992年11月、白血病の治療のため来日した少女カーチャ。カーチャの国ウクライナは、1986年にチェルノブイリ原子力発電所事故が起こった国である。事故の後、国が被災者を専門に治療する病院をつくって対策に当たっているが、現場は様々な問題を抱えている。小児白血病の治癒率は高くても40%で、日本の半分にも満たない。こういった厳しい現実に追い打ちをかけるように、近年子供たちに甲状腺ガンが多発しているという。

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1992年8月22日に札幌市内の病院で静かに息を引取った、ドイツ人音楽家、オットー・ビット。北海道放送では、4年前からビットさんに密着取材し、ビットさんの波乱に満ちた人生を描いたドキュメンタリーを制作した。世界的バンドネオン奏者オットー・ビット氏に捧げる追悼特別番組。◆1918年ドイツに生まれたビットさんは、幼少時から手にした楽器バンドネオンの奏者として、若くして頭角を現す。ドイツ国内はナチスが台頭し、全体主義に突き進む“暗黒の時代”であった。ビットさんも戦線に招集され楽器を銃に持ち替えざるを得なかった。ドイツ第三帝国が崩壊し、彼の音楽家としての才能は一気に開花する。クラシックそしてアメリカ音楽。彼は貪欲に様々な音楽を吸収し、沢山の曲を作曲した。59歳の時に日本人女性と結婚し、今は札幌で静かに暮らしている。重い病気を患い楽器を演奏できなくなった老いた彼の夢は、妻の故郷・札幌で再びバンドネオンの素晴らしい音楽を提供することだった。1991年11月、夢は実現した。札幌交響楽団の協力で80名のオーケストラ編成でタンゴ演奏会を開催したのだ。ビットさんと指揮者・南安雄による入念なオーケストレーションのチェック。コンサート当日、ビットさんと南指揮のミュージシャンシップが実を結び、また、ビットさんがこの日のためにと補筆した譜面にならい、美しいタンゴが甦った。


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