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テレビ番組

父の歌が聞こえる

番組ID
001432
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放送日時
1978年06月11日(日)15:00~15:55
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
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音楽
放送局
南海放送(RNB)
製作者
南海放送(RNB)
制作社
南海放送(RNB)
出演者
スタッフ
撮影:渡辺徳雄、編集:早田清美、音響効果:高田暢也、録音:川田幸雄、ディレクター:弘岡寧彦、プロデューサー:松崎茂和、プロデューサー:篠原修
概要
愛知県の盲学校の音楽教諭である武久さんは4歳のとき失明、長男も同じ様に失明という不幸を背負ってしまった。しかし父として、教師としての信念を実践し、長男はハンディーを克服し、見事に東京芸大へ進み音楽家への道を歩みはじめた。父子の生き方は、私たちに今日失われかけている父親像と教育について問いかける。
受賞歴
ギャラクシー賞(第16回選奨)

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美しい栗毛の馬体と額の白い流れ星から「流星の貴公子」と呼ばれた競走馬テンポイントの栄光と悲劇の一生を、詩人・寺山修司の構成協力でロマン豊かに描く。関西テレビ放送開局20周年記念番組。◆テンポイントは1973年、北海道の吉田牧場で生まれた。父はコントライト、母はワカクモ。祖母は殺処分されたはずのクモワカだった。1975年3月に栗東トレーニングセンターの小川佐助厩舎に入厩。8月のデビュー戦から勝利を重ね、名実ともにクラシック候補として認知されるようになった。翌年は皐月賞、菊花賞、有馬記念に挑むが、いずれも2着。しかし1977年の京都記念を皮切りに連勝して春の天皇賞にも勝利し、初の八大競走制覇を果たした。同年の有馬記念では一番人気となり、トウショウボーイとの激しい競り合いの末、勝利した。1978年1月22日、海外遠征を前に日本経済新春杯に出走して左後肢を骨折。獣医師は安楽死を勧めたが、助命嘆願の電話が多数寄せられ、日本中央競馬会は33名からなる医師団を結成して手術を行った。手術は成功したと思われたが、2月下旬に蹄葉炎を発症し、3月5日、死亡した。享年6歳であった。遺体は生まれ故郷の吉田牧場に土葬され、今も多くのファンが献花に訪れている。


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