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テレビ番組

終戦記念日特集 女たちの旅路

番組ID
001250
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放送日時
1976年08月15日(日)22:05~22:50
時間(分)
45
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
演出:和田光弘
概要
作家の藤原ていさんは、外地での敗戦という過酷な条件の中で、子ども3人をつれて朝鮮半島から祖国へ引き揚げた。その逃避行「流れる星は生きている」は藤原さんの悲惨な体験記。藤原さんたち北朝鮮引き揚げ家族のその後の消息など同じ体験を持つ人々を訪ねながら、今、老境に入ろうとしている戦争を体験した最後の世代の感慨をきいていく。
受賞歴
ギャラクシー賞(第14回、選奨)

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白い栄光 ~あるスキージャンパーの青春~

札幌オリンピックのスキージャンプ競技の金メダリスト、笠谷幸生。笠谷の幼少時代からこれまでの功績やオフシーズンに洋酒メーカーの営業として働く姿、最後のオリンピックへ向けたトレーニング、そして引退への心境を描く。◆笠谷は北海道余市郡出身。8歳上の兄のスキージャンプを小さいころから見続けていた。その環境が笠谷をスキージャンプへと自然に導いていった。高校スキーの名門である余市高校に入学後、海外遠征にも出て行くようになり、1963(昭和38年)の全日本選手権で2位という成績を残す。1位は同時期全盛期を迎えていた日本初の100mジャンパーである菊地定夫選手。笠谷も菊地と並び日本を代表する選手となっていった。笠谷が初めてオリンピックに出場したのは、1964年オーストリアで開かれたインスブルック五輪。この大会で日本選手として最良の成績を残す。その後の世界の大会でも好成績を残し、世界の一流ジャンパーとなった笠谷は1972年の札幌五輪に向けて期待を集めて行った。そして札幌五輪で金メダルを獲得し、「日の丸飛行隊」と呼ばれることとなる。その後1976年のインスブルック五輪を最後に引退する。◆放送番組センター協賛番組


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