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テレビ番組

お母さんから生まれて良かった。 ~高橋景音美ちゃんの挑戦~

番組ID
203885
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放送日時
2009年12月26日(土)16:40~17:10
時間(分)
25
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
製作者
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
制作社
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
出演者
ナレーション:安斎摩紀、インタビュー:加藤智也
スタッフ
CG:玉川哲也、テロップ:佐々木昭信、MA:佐々木学、音響効果:滑川恵史、取材:佐藤安彦、撮影:佐藤安彦、編集:佐藤安彦、プロデューサー:鈴木淳
概要
2009年8月。宮城県仙台市の小学4年生・高橋景音美ちゃんは「世界移植者スポーツ大会」に参加するため、オーストラリアにいた。出場するのは水泳25m自由形。自分への励みと自信、そしてお母さんへの感謝の気持ちとするため、景音美ちゃんはメダル獲得を目指して練習を頑張ってきた。◆景音美ちゃんは生まれて2ヶ月で「胆道閉鎖症」という病気にかかり、1歳にして2度の手術を受けた。最後に残された手段は「肝臓移植」。お母さんの美穂子さんは「生体肝移植」を決断した。16時間に及ぶ手術は成功。景音美ちゃんはお母さんから肝臓を授かり、生きることができた。◆小学4年生になった景音美ちゃんは、世界45ヶ国の移植者たちが競技に挑む「世界移植者スポーツ大会」への参加を決意した。果たして彼女はメダルを取り、お母さんに元気な姿を見せることが出来るのか。挑戦の様子と母娘の絆を描く。

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映像’09 DNA鑑定の呪縛

2009年5月8日、1990年に栃木県足利市で起こった女児誘拐・殺害事件、いわゆる「足利事件」をめぐり、殺人罪などで無期懲役が確定している菅家利和さんが裁判のやり直しを求めた再審請求の即時抗告審で、DNAの再鑑定の結果、DNA型が一致しなかったことが明らかとなった。これにより、菅家さんの再審が開始される可能性が高くなった。◆足利事件は、1990年5月、栃木県足利市で4歳の女の子が誘拐・殺害された事件で、1年7ヵ月後、いわゆるローラー作戦で菅家さんが逮捕された。決め手になったのは、女児の着衣に付着していた体液のDNA鑑定だった。同様のDNA鑑定が決め手になった事件に、1992年2月、福岡県飯塚市で小学1年生の女の子2人が誘拐され、殺害された「飯塚事件」がある。この事件でもDNA鑑定が決め手となり、2年7ヵ月後に1人の男性が逮捕された。両事件ともに、無実を訴えて最高裁まで争ったものの、「足利事件」の菅家さんは無期懲役、「飯塚事件」の久間三千年さんは死刑判決となった。その後、2人は獄中からも無実を訴え続けた。しかし、2008年10月28日、「飯塚事件」の久間さんは福岡拘置所で死刑を執行された。◆DNA型鑑定とは、細胞核の中の染色体にあるDNA(デオキシリボ核酸)を構成している4種類の塩基(アデニン、グアニン、チミン、シトシン)の配列の特徴によって、個人を分類ないし識別するものである。日本の警察によるDNA型鑑定は、警察庁科学警察研究所(科警研)が1989年に導入した。しかし、この鑑定法には実は重大な欠陥があった。◆DNA鑑定という言葉が始めて登場したとき、ある新聞は「100万人から1人を識別する」と書いたほどだった。現在の鑑定技術なら、大げさな表現とは言えないが、当時の鑑定の精度からはとてもありえないことだ。しかし、DNA鑑定は過大に評価され、検察官、裁判官、時には弁護士ですらもその言葉の呪縛から逃れられなかった。そんななかで、冤罪を叫ぶ死刑囚の死刑が執行された。今、遺族と弁護団は「無辜の人間を国家が殺害した」と、死後の再審請求の準備を始めた。亡くなった久間さんの名誉を回復するために。◆番組では、犯人特定の証拠として有効視されてきた導入当時のDNA型鑑定法の欠陥をわかりやすく解説し、2つの事件から冤罪の構図に迫ってゆく。


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