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テレビ番組

どーんと鹿児島 復帰50年記念 奄美 「夏」編 神々の世界と琉球の色

番組ID
014989
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放送日時
2003年08月21日(木)19:00~19:54
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
南日本放送(MBC)
製作者
南日本放送(MBC)
制作社
南日本放送(MBC)
出演者
スタッフ
撮影:矢野龍一郎、撮影:福田安美、撮影:川口成、撮影:満永拓也、撮影:古山利行、撮影:亀田晃一、美術:坂松夏、ディレクター:山下浩一郎、プロデューサー:新名主聡
概要
奄美群島の日本復帰50周年を記念して、年間を通して奄美の四季を伝える。◆亜熱帯の森に恵みの雨が降り注ぐ6月。人々は高床式の倉で湿気から家財を守り、自然とともに暮らしていた。大島紬は樹液と泥で染められ、女性たちの手によって月や星、蛇や亀などを図案にして織り出される。7月になるとノロ(神女)たちの祭りが行われ、家々を回って無病息災を祈る。琉球王朝から授けられるノロの任命書には王朝の印が押され、人目に触れさせることを禁じられていた。儀式のときにノロが用いた扇、テロギの表には太陽と鳳凰が、裏には月と牡丹、そして蝶が描かれている。

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