テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

トクバン!THE NONFICTION’04 巨木にたぎる“諏訪人気質” ~御柱祭に燃えた~

番組ID
014422
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2004年05月15日(土)09:30~10:25
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
スタッフ
撮影:藤塚隆、撮影:前角直紀、演出:稲村享志、演出:藤塚隆、編集:藤塚隆、MA:祢津千秋、タイトル:鈴木聡哉、プロデューサー:新見宏司、チーフプロデューサー:平坂雄二、制作:百瀬博久
概要
7年に一度、申と申の年に行われる諏訪御柱祭。血沸き肉躍る“天下の大祭”に、諏訪地方の人々は一気にエネルギーを爆発させる。御柱祭がなぜ諏訪人の心に深く入り込んでいるのか、その伝統はいかにして受け継がれているのかを問う。

同じ年代の公開番組

ふくしまの素顔 鈴木三元 ~日本最古の自転車を製作した男~

鈴木三元は江戸末期の1814年に現在の桑折町の裕福な農家に生まれた。三代目藤右エ門を世襲し、村長などの公職を務めるかたわら、日本三大鉱山の一つに数えられていた半田銀山の経営にもあたっていた。◆時代は明治となり文明開化の時を迎え、人生50年と言われた時代に58歳になった藤右エ門は、名前を年・月・日の始めを意味する「三元」と改名し、将来の交通手段としての乗り物「自転車」の開発を決意する。この改名は「人生何事も始めの心構えが肝心である」という三元の決意の現れであった。◆当時は外国でも自転車の開発が進められていたが、自転車という発想は三元の独自のアイディアであった。しかし、三元はそのための学問を学んだわけでもなく、部品も一から作り出さなくてはならないなど開発は困難の連続であった。それでも心血と私財を投じながら試行錯誤を繰り返し、明治9年(1876年)に三輪自転車「自走車・大河号」を完成させる。その後改良を重ね、明治14年(1881年)に開催された第2回内国勧業博覧会に「三元車」を出品、時の政治家・板垣退助からも激励を受けた。◆その実用化には、製造コストの削減など課題も多く残されていたが、三元は東京に進出し、製造から販売までを手がける賭けに出る。しかし、技術革新の波が押し寄せる中、豊富な資金も底をつき、東京からの撤退を余儀なくされた。かなわなかった三元の夢「自転車」は、その後、大正時代に庶民の足として急速に普及することとなるのである。◆番組では晩年に心血と私財を投じて自転車の開発という夢を追い求めた三元の足跡を辿る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.