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テレビ番組

すばらしい世界旅行(総集編) 砂漠の狩人 ブッシュマン

番組ID
013790
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放送日時
1976年10月10日(日)
時間(分)
51
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本映像記録センター
制作社
日本テレビ放送網(NTV)、日本映像記録センター
出演者
語り:久米明
スタッフ
制作:牛山純一、演出:杉山忠夫、演出:河村治彦、撮影:河内豊英、撮影:真鍋燕次郎、編集:池田龍三、音響効果:木村哲人
概要
世界中の人々の暮らしぶりや自然を紹介する、海外取材ドキュメンタリーシリーズの総集編。全米写真家協会プロフェッショナル最高賞を受賞し、国際的にも評価された。(1966年10月9日~1990年9月16日、全1000回)◆ザイールのバンディブツ族(ピグミー)と並んでいまや地上最後の狩猟民となったサン族(ブッシュマン)の生活と文化を10年間にわたって記録。狩人たちはカブトムシの幼虫から毒矢を作り、獲物を追う。キリンの胸に毒矢が命中するとキリンは一目散に逃げるがすぐには追わず、3日目に毒が回って倒れたところを捕らえる。蛇を捕らえた者は「ウサギや蛇などの小さな動物は年寄りや子どもが食べるんだ、若者は食べてはいけないんだ」とキャンプでの掟を語る。そんな彼らの狩猟に、馬が登場するようになった。馬の登場によって変化した彼らの狩猟、そして社会を記録した。
受賞歴
ギャラクシー賞(制定20周年記念特別賞(シリーズに対し))、ATP賞(第2回、長寿番組賞(シリーズに対し))

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白い栄光 ~あるスキージャンパーの青春~

札幌オリンピックのスキージャンプ競技の金メダリスト、笠谷幸生。笠谷の幼少時代からこれまでの功績やオフシーズンに洋酒メーカーの営業として働く姿、最後のオリンピックへ向けたトレーニング、そして引退への心境を描く。◆笠谷は北海道余市郡出身。8歳上の兄のスキージャンプを小さいころから見続けていた。その環境が笠谷をスキージャンプへと自然に導いていった。高校スキーの名門である余市高校に入学後、海外遠征にも出て行くようになり、1963(昭和38年)の全日本選手権で2位という成績を残す。1位は同時期全盛期を迎えていた日本初の100mジャンパーである菊地定夫選手。笠谷も菊地と並び日本を代表する選手となっていった。笠谷が初めてオリンピックに出場したのは、1964年オーストリアで開かれたインスブルック五輪。この大会で日本選手として最良の成績を残す。その後の世界の大会でも好成績を残し、世界の一流ジャンパーとなった笠谷は1972年の札幌五輪に向けて期待を集めて行った。そして札幌五輪で金メダルを獲得し、「日の丸飛行隊」と呼ばれることとなる。その後1976年のインスブルック五輪を最後に引退する。◆放送番組センター協賛番組


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