テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

人形さまのまちおこし 村上市の活性化への挑戦 / 新潟放送創立50周年記念「BSNドキュメント賞」特別番組

番組ID
013441
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2003年06月07日(土)16:00~16:53
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
新潟放送(BSN)
製作者
新潟放送(BSN)
制作社
新潟放送(BSN)
出演者
ナレーション:石塚かおり
スタッフ
撮影:青島一吉、照明:原田雄二郎、映像効果:長谷川雄、音響効果:岡田貴志、技術:鈴木紀行、技術:井上耕栄、編集:斉藤正紀、ディレクター:櫻井雅也、プロデューサー:南加乃子、制作:加藤真理子
概要
毎年3月から4月にかけて行われる、新潟県村上市の「町屋の人形さま巡り」。昔ながらの町屋作りの商家を開放し、その家のひな人形や武者人形を一般の人に見てもらう催し。いまでは全国から観光客を集めるまでになったこのイベントの成長を、仕掛人・吉川真嗣さんを中心に追う。◆2000年3月に始まったこの祭りは、それぞれの家に伝わる人形を、店先ではなく生活の場である家の中に飾り、観光客に無料でお見せしようというもの。初年度3万、次年度5万、第3回は7万人を集客するまでになったが、最初の予算はたった35万円だったという。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第52回教養番組優秀)、ギャラクシー賞(第41回奨励賞)
放送ライブラリー以外で視聴可能な施設

同じ年代の公開番組

世界遺産〔358〕 バーミヤン渓谷の景観と遺跡 アフガニスタン

玄奘三蔵法師が「金色に輝く」と記した巨大な石仏を始め、バーミヤン渓谷の石窟は1500年以上の絢爛たる仏教美術が遺された文化遺産であった。しかし、2001年3月、世界中の制止の声を振り切って、当時アフガニスタンを支配していたタリバンによって、バーミヤンの大仏が爆破された。世界遺産委員会は戦争時の文化遺産の保護を強く訴え、そのシンボルとして2003年にバーミヤン渓谷の景観と遺跡を世界遺産に登録した。◆大仏が爆破されてから2年、ようやく平和を取り戻したアフガニスタンに入り、爆破された大仏や周辺の石窟などバーミヤンの現状を緊急リポートする。バーミヤン渓谷は、アフガニスタンの中央部を走るヒンドゥークシュ山脈の山間にある渓谷だ。7世紀頃には数千人の僧侶がいる一大仏教王国が栄えていた。都を見下ろす長さ1.3kmに及ぶ断崖には、750もの石窟が連なる。ここの仏像の造形は、中国の敦煌や雲岡を経て、日本の法隆寺にも伝わっている。長い月日の間に大仏の顔は崩れ、壁画は多くが剥落したが、それ以上に直近10年の被害の方が大きい。そしてタリバンによる破壊以上に深刻なのは、売買を目的にした壁画の盗難だ。石窟のあちこちに壁画が剥がされた痕が無惨な姿をさらしている。また、爆破された大仏のあった穴も崩落の危険があり、緊急の対策が求められている。世界遺産委員会で、大仏の爆破を防ぐことが出来なかった反省をこめて、戦時下での文化財保護のシンボルとして、世界遺産に緊急登録した。世界中がバーミヤンの復興に向けて歩み出そうとしている。◆フォラディ石窟


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
私は原爆を伝えたかった

戦後58年。被爆体験が風化する中、原爆を落とした側と落とされた側、それぞれの体験者たちは後世に何を伝えたいと考えているのか。関係者の貴重な証言や資料により、原爆投下を日米双方の視点からとらえ、彼らの思いに迫る。◆長崎に原爆を投下したB29パイロットのフレッド・オリビや、観測機の航空士レン・ゴドフレーにインタビュー。様々なトラブルに見舞われた原爆投下までをドキュメントする。積み重なったトラブルによって第1目標の小倉上空への到着が1時間遅れ、その間に厚くなった雲のため目視投下を断念、そして第2目標の長崎へ。その頃、長崎市職員の荒木正人さんはいつものように疎開事務に追われていた。原爆で父親を失い、戦後「長崎原爆戦災史」の編纂に携わった荒木さんの体験を通し、きのこ雲の下の真実を明らかにする。◆番組後半は「情報操作」をテーマに展開する。アメリカは原爆の威力や人体への影響を機密扱いにして、厳しい検閲や情報統制を行った。そのため、原爆の実相は日本人にさえ長く伝えられなかった。原爆投下後、最初に長崎に潜入取材を試みたジョージ・ウェラーの記事は、連合国軍最高司令官マッカーサーによって闇に葬られた。戦略爆撃調査団カメラマンのダニエル・マクガバンが原子野の人々を撮影したフィルムも、機密扱いとなって長く日の目を見なかった。その映像には、著作を通じて反核・平和を訴えた永井隆博士も登場する。永井博士も当時は原爆について自由に書くことが出来なかった。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.