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テレビ番組

県民カレッジテレビ放送講座 言葉の彼方に・作家が語る富山の文学〔5〕 自我とふるさと ~回帰する心~ 佐伯彰一

番組ID
012865
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2003年02月15日(土)09:30~10:00
時間(分)
29
ジャンル
school
教育・教養
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
北日本放送(KNB)
製作者
北日本放送(KNB)
制作社
出演者
語り:数家直樹
スタッフ
制作:濱谷一郎、制作:金沢敏子、取材:濱谷一郎
概要
文芸評論家の佐伯彰一さんが、自己形成の地、富山を語る。◆佐伯さんは東京生まれで立山村育ち。実学指向の強い富山だが、高校時代から文学青年だった。富山は中央志向が強い一方、パイオニア精神も旺盛と評する。古くは立山信仰を各地に伝えた巡行があり、日系文学の先駆者・翁久充も、サラリーマンものを開拓した源氏鶏太も富山出身だ。◆佐伯さんは、アメリカで日本文学を教えたのを機に日本を見つめ直し、『神道の心』を書いた。断ち切りたかったルーツに回帰していたという。◆立山曼陀羅(吉祥坊本)、雄山神社峰本社

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