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ラジオ番組

日本民謡大観 栃木民謡と愛媛民謡〔2〕

番組ID
R20313
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放送日時
1995年10月08日(日)11:40~11:50
時間(分)
10
ジャンル
music_note
音楽
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
制作:末次棋一郎、制作統括:村瀬洪
概要
NHKが半世紀にわたって記録してきた2万曲の日本民謡の中から紹介する番組。東西異なる地域の唄を聴き比べていく。解説は音楽学者の小島美子さん。◆今回は栃木民謡と愛媛民謡の2回目。両県の草刈唄を聴き比べる。草刈唄とは、実際に草を刈りながらよりも、馬を曳いて草刈作業に向かうときの唄である。曲目は栃木の「草刈唄」、愛媛の「草刈唄(ソーダロ節)」「馬子唄」。

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録音でつづる戦後50年 なべ底不況(1957年)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「なべ底不況」1957年を振り返る。ゲストは元京都府立大学教授の寿岳章子さん。◆この年、群馬県の米軍演習場で主婦が射殺されるという「ジラード事件」が発生したが、これは過去の事でなく現在も続く問題であると語られる。春闘でマスコミは「低姿勢」「なべ底不況」といった言葉を使ったが、こうしたキーワードやキャッチフレーズに惑わされてはならないと寿岳さんはいう。配給米や風呂代が値上げされ、これらにより女性も経済力をつけようと女性運動が盛んになった。◆国連総会で日本は非常任理事国となり、核実験停止に関する単独の決議案を提出した。イギリスがクリスマス島で水爆実験を行うという予告に対し、日本政府は特使をイギリスに派遣し実験の中止を要請したが、実験は行われた。◆6月に都民の飲み水を供給するため小河内ダムが完成し貯水が開始されたが、ダムに沈む村があり社会問題となった。また現在も続いている南極観測がこの年に開始された。


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NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「音楽こそわが人生」。◆田谷力三は昭和32年東京生まれ。浅草オペラで活躍し、80歳を過ぎてなお人気を博したオペラ歌手であった。田谷力三は、少数精鋭のオーケストラできれいな音楽を取り入れれば、観客はオペラを必ず受け入れると話している。◆作曲家の中山晋平は明治20年長野県の生まれ。小学校の音楽の教師をしていたこともあり、子どもの歌は自然に出来たと話している。◆東海林太郎は明治31年秋田の生まれ。早大を卒業後、満州鉄道に勤務したが、クラシック歌手への夢が捨て切れず34歳で歌手に転身した。直立不動で歌うスタイルはクラシックの歌い方だと話している。◆テノール歌手・藤原義江は明治31年山口県下関の生まれ。イタリアに留学したが、期待していたオペラがあまりにも想像と異なりがっかりしたと当時の思い出を話している。◆作曲家の山田耕筰は明治19年東京の生まれ。私たちの仕事は未開発の地を開いて新しいものを作って行く使命がある。そして、自分たちが残した栄光は大切にして行きたいと話している。◆琴の宮城道雄は明治27年神戸の生まれ。幼い時に失明したが、鳥や虫の声、雨の音など自然の音を聞くのが好きで、そうした音に曲を付けて見たいという気持ちが作曲する動機になったと話している。


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