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ラジオ番組

福岡県西方沖地震特別番組

番組ID
R02755
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2005年03月20日(日)10:52~16:00
時間(分)
60
ジャンル
ondemand_video
報道・時事
放送局
RKB毎日放送
製作者
RKB毎日放送
制作社
RKB毎日放送
出演者
スタッフ
制作:永渕秀昭、ディレクター:宮岡朋治、プロデューサー:藤井義久、編成:渡邊眞
概要
2005年3月20日午前10時53分、福岡市とその周辺をマグニチュード7.0の地震が襲った。RKBラジオでは生ワイド番組の放送中であったが、直ちに地震報道番組に切り替え、その後5時間余りにわたって途切れなく情報を伝えた。◆地震はヤフードームで開催中の「らん博覧祭」会場のレポート中に発生。直ちにレポートを中止し、震度等詳しい情報が入るまでの間、マニュアルに定められた呼びかけ・文言を繰り返し伝えた。やがて地震の概要が明らかになると、その情報を伝えると共に、交通情報やライフラインの状況を取材・報道した。◆休日で各地へ出かけていたスタッフも自主的にスタジオに連絡し、身の回りの模様をレポートした。そして続々と出社するが、再び街へ出て徒歩移動しながら被災状況を伝えた者も。またラジオの双方向性を生かして、リスナーからの情報提供を呼びかけた。一方、余震に不安を抱くリスナー、予期せぬ出来事に気が動転している人たちに向け、女性アナウンサーが柔らかい語り口で話すなどの工夫もした。

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日本初の私鉄電車と松本重太郎

日本で初めての私鉄・阪堺鉄道。今から120年前の1885年12月27日、大阪の難波と堺の手前の大和川停留場を結ぶ7.6キロで開業した。多くの来観人民で埋まった沿線を、イギリス製の機関車「和歌号」は歓声と緊張の中、走り抜けた。阪堺鉄道を立ち上げたのは、当時大阪の経済界でこの人ありと言われていた松本重太郎である。◆開業時、すでに第百三十銀行頭取であった重太郎は、鉄道の建設予定地に立ち、人が通れば小豆の粒を、人力車が通れば大豆の粒を右懐から左懐に入れ替えて通行量調査(今で言うマーケットリサーチ)を行った。暮れも押し迫った12月27日の開業にも、計算されたメディア戦略があった。120年前の新聞内容を再現すると、開業日には花火が打ち上げられ、祝いの餅がまかれ、大阪中の芸子が勢揃いして招待客を接待した。◆重太郎は、鉄道・紡績・ビール・精糖・銀行と起業し、当時の関西経済界を席巻したが、功績にまつわる資料はほとんど残っていない。晩年、紡績事業のつまづきから銀行の取り付け騒ぎが起きて破産するが、「悉皆出します」と一族の全財産を投げ出して潔く引退した。この潔さを小説にしたのが城山三郎、題名は「気張る男」。◆番組は、開業当時の機関車「和歌号」が120年前を回想する形で進行。阪堺鉄道にまつわるエピソードを、重太郎の功績を中心に紹介する。歴史研究者、出生地での伝聞、ひ孫の松本洋さんの証言、ルポライターの現場リポート、各種資料を紹介するアナウンサーが次々に登場、「和歌号」をサポートする。出演は笑福亭小松。


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