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ラジオ番組

荒川強啓デイ・キャッチ!

番組ID
R01003
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放送日時
1995年04月10日(月)16:30~18:00
時間(分)
72
ジャンル
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トーク・ワイドショー
放送局
TBSラジオ
製作者
TBSラジオ
制作社
TBSラジオ
出演者
スタッフ
概要
ニュースだけではなく、芸能、スポーツまで、その日に起きたことをカバーする平日夕方の情報生ワイド番組。パーソナリティは荒川強啓と井上みよ。(1995年4月10日~2019年3月29日放送)◆この日は放送第1回。ゲストに山藤章二氏と放送前日に都知事に当選したばかりの青島幸男氏を迎える。

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録音でつづる戦後50年 文豪たちが語った昭和(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「文豪たちが語った昭和」。作家の坂口安吾、江戸川乱歩、林芙美子、志賀直哉それぞれが、NHKの放送で語った話を再構成して紹介する。◆坂口安吾は昭和24年、42歳の時「朝の訪問」に出演している。その中で推理小説を書くには相当の時間が必要であり「不連続殺人事件」は戦時中から構想を暖めていたという話や、小菅刑務所は美しくするために加工したものを一切使用せず必要なものだけで組み立てたもので、魂を揺り動かす美観があるという話などをしている。◆江戸川乱歩は昭和34年64歳の時「文壇よもやま話」に出演している。乱歩は文学青年ではなかったが、谷崎潤一郎らの小説に出会い刺激を受けたという。そして推理小説と通常の小説との書き方の違いの話や、これから書きたいものは「世界探偵小説史」であるという話などをしている。◆林芙美子は昭和26年47歳の時「若い女性のつどい」に出演し、十代の頃の希望、作家になった動機などを十代の女性の質問に答えている。若い時には本を読み、良い絵を見、良い音楽を聴いて心を豊にすることが大切だと話している。◆志賀直哉は昭和32年74歳の時「朝の訪問」に出演している。若い頃は落語が好きで、大学に入った頃、落語研究会で色々に人の噺を聞いたという。聞き手である桂三木助の先代の三木助は高座で必ず踊ったし、話が本格的で感心して聴いていた。女義太夫なども好きであったと当時をなつかしく振り返る。


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録音でつづる戦後50年 古典芸能の先達(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「古典芸能の先達」。野村万蔵、喜多六平太、豊竹山城少掾、市川団十郎の芸の一部を聞きながらその人となりを偲ぶ。ゲストは早稲田大学教授の内山美樹子さん。◆狂言の野村万蔵(六世)は明治31年の生まれ。昭和53年に80歳で亡くなる直前まで舞台を努めるなど、充実した芸の生涯を送った。格の高い芸により狂言の地位を高めた一人が野村万蔵であった。◆能の喜多六平太(十四世)は明治7年生まれ。7歳の時に喜多宗家の養子となり、11歳で14代目の家元を継いだ。明治前期に家元になり、芸を築き上げて大正・昭和に名人の名声を欲しいままにするなど、ほぼ1世紀近く活躍を続けた巨人であった。◆文楽の豊竹山城少掾は明治11年東京の生まれ。元々文楽は大阪が本拠地であり、江戸っ子の山城少掾は苦労をしながら文楽を究めた。山城少掾の芸は昭和10年代から24年ごろが全盛期であったのではと話される。◆歌舞伎の市川団十郎(11代目)は明治42年生まれ。昭和37年に団十郎を襲名するが、歌舞伎役者として全盛の56歳で亡くなった。昭和20年代後半から海老様ブームとして人気が高まったが、戦前からその素質は認められていたという。


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録音でつづる戦後50年 音楽こそわが人生(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「音楽こそわが人生」。◆田谷力三は昭和32年東京生まれ。浅草オペラで活躍し、80歳を過ぎてなお人気を博したオペラ歌手であった。田谷力三は、少数精鋭のオーケストラできれいな音楽を取り入れれば、観客はオペラを必ず受け入れると話している。◆作曲家の中山晋平は明治20年長野県の生まれ。小学校の音楽の教師をしていたこともあり、子どもの歌は自然に出来たと話している。◆東海林太郎は明治31年秋田の生まれ。早大を卒業後、満州鉄道に勤務したが、クラシック歌手への夢が捨て切れず34歳で歌手に転身した。直立不動で歌うスタイルはクラシックの歌い方だと話している。◆テノール歌手・藤原義江は明治31年山口県下関の生まれ。イタリアに留学したが、期待していたオペラがあまりにも想像と異なりがっかりしたと当時の思い出を話している。◆作曲家の山田耕筰は明治19年東京の生まれ。私たちの仕事は未開発の地を開いて新しいものを作って行く使命がある。そして、自分たちが残した栄光は大切にして行きたいと話している。◆琴の宮城道雄は明治27年神戸の生まれ。幼い時に失明したが、鳥や虫の声、雨の音など自然の音を聞くのが好きで、そうした音に曲を付けて見たいという気持ちが作曲する動機になったと話している。


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録音でつづる戦後50年 55年体制スタート(1955年)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回のテーマは「55年体制スタート」。1955年(昭和30年)12月30日に放送された「録音ハイライト」をゲストの作家・猪瀬直樹さんと聞きながら当時を振り返る。◆昭和30年は、人気スターであったトニー谷さんの長男を身代金目的で誘拐する事件や、いわゆる帝銀事件の犯人として逮捕されていた平沢貞通容疑者の死刑が確定したり、濃霧の瀬戸内海で紫雲丸が遭難し、修学旅行生など168人が犠牲となる事故や、森永粉ミルクに砒素が混入し乳幼児が死亡する中毒事件など、多くの事件事故が発生した。◆政局は、6年続いた吉田内閣に代わった鳩山内閣において1月24日に衆議院は解散され、選挙の結果、民主党185、自由党112、社会党は右派、左派あわせて全議席の3分の1を占めることとなり、年度後半は保守と革新の2大政党の対立に向って活発な動きをすることとなる。社会党は10月31日の大会で右派と左派を統一し日本社会党を結成。一方、保守合同は総裁問題で難航したが、民主党と自由党による結成大会が開催され、戦後最大の単一自由民主主義政党として自由民主党が誕生した。◆経済面では高度経済成長期に当り、大衆消費社会が拡大していく時代でもあった。


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