テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

ラジオDEナイト 千客万来・チンドン繁昌

番組ID
R00677
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
1995年05月29日(月)20:00~20:51
時間(分)
52
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
山形放送(YBC)
製作者
山形放送(YBC)
制作社
山形放送(YBC)
出演者
語り:芹川晴夫、朗読:奥山さち代
スタッフ
構成:津島与子、制作:伊藤和幸、制作:阿部啓治、録音:新野裕、効果:新野裕
概要
1950年に上京して以来、チンドン屋を営んできた山形県出身の夫婦。彼らの戦後の軌跡を追い、あまり知られていないチンドン稼業の世界を哀感あふれるエピソードやチンドンの演奏で描く。チンドンの歴史についても解説される。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第43回娯楽番組部門優秀)

同じ年代の公開番組

録音でつづる戦後50年 音楽こそわが人生(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「音楽こそわが人生」。◆田谷力三は昭和32年東京生まれ。浅草オペラで活躍し、80歳を過ぎてなお人気を博したオペラ歌手であった。田谷力三は、少数精鋭のオーケストラできれいな音楽を取り入れれば、観客はオペラを必ず受け入れると話している。◆作曲家の中山晋平は明治20年長野県の生まれ。小学校の音楽の教師をしていたこともあり、子どもの歌は自然に出来たと話している。◆東海林太郎は明治31年秋田の生まれ。早大を卒業後、満州鉄道に勤務したが、クラシック歌手への夢が捨て切れず34歳で歌手に転身した。直立不動で歌うスタイルはクラシックの歌い方だと話している。◆テノール歌手・藤原義江は明治31年山口県下関の生まれ。イタリアに留学したが、期待していたオペラがあまりにも想像と異なりがっかりしたと当時の思い出を話している。◆作曲家の山田耕筰は明治19年東京の生まれ。私たちの仕事は未開発の地を開いて新しいものを作って行く使命がある。そして、自分たちが残した栄光は大切にして行きたいと話している。◆琴の宮城道雄は明治27年神戸の生まれ。幼い時に失明したが、鳥や虫の声、雨の音など自然の音を聞くのが好きで、そうした音に曲を付けて見たいという気持ちが作曲する動機になったと話している。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
録音でつづる戦後50年 家中がラジオで笑った時代(特集)

NHKに保存されている録音で戦後の50年を振り返る番組。進行役は相川浩アナウンサー。(1995年4月~1996年3月放送)◆この回は特集「家中がラジオで笑った時代」。「ホントにホント」や「面白ゼミナール」などのクイズ番組の放送作家として活躍している井上頌一さんをゲストに迎え、家中がラジオで笑った時代、戦後の茶の間で人気を集めたクイズ番組にスポットを当てる。◆昭和22年にスタートした「二十の扉」は出題する問題を一般から募集していたが、一日に2万通もの今では考えられないような応募があったという。放送史上最初のクイズ番組は、昭和21年に始まった「話の泉」であるが、この番組は正解が一つとは限らない手法や解答者のキャラクターが存分に出るなど、クイズ番組としての魅力を十分に持っていた。出題問題を一般から募集していたため、聴取者参加型番組としても人気を博した。ラジオは全国の人々の娯楽、楽しみを一元化していった。◆このようなクイズ番組がアメリカの放送番組の日本版であったのに対し、純日本版といわれるのが「とんち教室」であった。日本には昔からトンチやなぞなぞといった遊びに伝統があり、この番組もクイズ番組と同様大変人気があった。◆こうした番組をじっくりと聞いた井上さんは、昔のクイズ番組のすばらしさを痛感するとともに、これからは基本的で正確な知識を話題にするクイズ番組が誕生しても良いのではないかと話す。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成sports_esportsクイズ・ゲームradioラジオ番組