テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

大阪環状線 Part4 ひと駅ごとのスマイル〔1〕 新今宮駅 串カツ情話

番組ID
217054
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2018年10月13日(土)10:25~10:55
時間(分)
24
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
関西テレビ放送(KTV)
製作者
関西テレビ放送(KTV)
制作社
関西テレビ放送(KTV)
出演者
スタッフ
脚本:畠山隼一、シリーズ構成:小林弘利、音楽:園田涼、撮影:横山和明、撮影:樋口耕平、VE:大森喜章、照明:金子宗央、音声:長谷川周作、編集:川合尉嗣、CG:吉田知弘、MA:野村理恵、効果:太田達也、美術プロデューサー:岡崎忠司、美術進行:岡崎忠司、美術制作:谷口俊哉、デザイン:山本直人、メイク:合田美樹、その他:樋口亮(床山)、スタイリスト:盛安敏子、衣装:盛安敏子、編成:西井孝、編成:和泉亮、宣伝:姫野健太、スチール:福羅広幸、その他:駒井有紀子、記録:木本裕美、制作:濱本敏治、制作:井関恭蔵、制作:森明沙織、制作:田中洋崇、演出補:的場政行、演出補:近藤匡、演出補:水取拓也、プロデューサー:木村弥寿彦、プロデューサー:佐野拓水、演出:木村弥寿彦
概要
大阪環状線の駅を舞台に、笑いと人情に溢れた大阪人とそこにある地元愛に包まれながら紡がれるひと駅ごとの物語を、全編4Kカメラで撮影したオムニバスドラマの第4シリーズ。(2018年10月13日~12月22日放送、全10回)◆第1回、新今宮駅「串カツ情話」。居酒屋を営みながら「子ども食堂」の取り組みを始めた箕島順平(波岡一喜)とそれを手伝う母親・箕島昌子(キムラ緑子)は、昌子の同級生・桜川雄太(中川浩三)が座長を務める大衆演劇のポスターを偶然見つけ鑑賞する。その帰り、路地裏で雄太と娘・桜川美麗(曽和瑠布子)の親子ゲンカを目撃。ケンカの末、走り去ってしまった美麗を昌子と順平は通天閣に迎えにいく。迎えに来た二人に、美麗は自身のことを理解してくれない父について話し始める。そんな美麗を見た順平は、自分の店に雄太と美麗を誘うのだった。

同じ年代の公開番組

日本遺産 シーズン2〔5〕 絶景の宝庫 和歌の浦(和歌山県) / 醤油醸造発祥の地 紀州湯浅(和歌山県)

日本各地の有形無形の文化財を歴史的ストーリーで結び合わせ、文化庁が認定した「日本遺産」を各回2件ずつ紹介し、今まで知っているようで知らなかった日本を美しく描き出す。(シーズン2:2017年12月3日~2018年2月11日放送、全6回)◆第5回。前編:「絶景の宝庫 和歌の浦(和歌山県)」。万葉の歌聖・山部赤人に「わかの浦に 潮満ちくれば 潟をなみ 芦辺をさして 鶴鳴きわたる」とうたわれた和歌の聖地、和歌の浦。潮が引けば干潟が現れ、潮が満ちれば一面の海となる絶景に、後の時代に天下人や藩主も魅了され、数多くの文化芸術が育まれてきた。◆後編:「醤油醸造発祥の地 紀州湯浅(和歌山県)」。醤油の起源は、中世の時代、中国に渡り修行を積んだ禅僧が伝えた特別な味噌に始まる。この味噌の桶に溜まった汁に紀州湯浅の人々が工夫を重ね、生まれたのが現在の醤油であり、日本の食文化に欠かせない個性となっている。湯浅に現存する醤油醸造所では、今日も職人たちが伝統の醤油づくりと向き合っている。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
FBCスペシャル2018 いのちのレシピ 次の時代へ残す味

「食は生命なり」と語り、旬の食材を大切に、恵みに感謝しながら毎日を生きる山田トシさん(94歳)は、料理教室の先生である。トシさんが教えるのは、郷土に伝わる素朴な家庭料理。教室を始めた30代の頃から書き続けてきたレシピは1000枚を超え、料理の記録であると同時にトシさんの人生の記録となっている。食糧難の時代も飽食の現代も、手料理の持つ力を信じて、「心がこもった料理は心を育てる」と言う。大正13年(1924)生まれのトシさんは師範学校を卒業して家庭科の教員となったが、結婚して近所の奥様たちに家庭料理を教えたのをきっかけに料理の道に進んだ。今は一緒に暮らす孫の千奈さん(30歳)が、高齢のトシさんに代わり掃除・洗濯・日用品の買い出しを行う。大病もせず健康に過ごしてきたトシさんだが、料理の段取りが分からなくなったり、何度も作ってきたレシピを忘れてしまうことが増えてきた。そんな中、千奈さんのお腹に新しい命が宿る。生きることも、老いることも、基本は食である。人生をかけて「手料理」を次の世代へ伝えていく山田トシさんの2年間を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
残溜 イタイイタイ病公害病認定50年

イタイイタイ病が公害病と認定され半世紀がたった。悲劇の舞台となった神通川流域に住む認定患者の女性は、今も通院と投薬が欠かせない。早くからの対症療法のおかげで昔の患者のように触るだけで骨が折れるということはないが、国策のために垂れ流された鉱毒が彼女の人生を狂わせた。原因は当時の三井財閥が運営する鉱山が排出したカドミウム。明治時代からの鉱害は、1968年になってようやく国内第1号の公害病として認められた。その「厚生省見解」は企業の責任を断定する画期的なものだった。当時、現地調査にもあたった厚生省OBが「見解」をまとめるまでの舞台裏を証言する。この「厚生省見解」を皮切りに、日本は公害対策の法律整備が進み環境問題が声高に叫ばれるようになった。神通川流域も農地の土壌復元工事が終わり、被害者団体と三井金属鉱業はイ病前段階の「カドミウム腎症」に一時金を支払う合意を結んだ。“公害”は過去のものになったように見えるが、患者は今も進行する病状に怯え、中国でも鉱山近くの農村で「痛痛病」と呼ばれる病気が蔓延している。◆平成30年度文化庁芸術祭参加作品


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組