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ニュース映画

大毎ニュース 792 泥に埋まった足和田村

番組ID
N02205
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上映日
1966年09月28日(水)
時間(秒)
204
カテゴリ
社会
概要
1966年9月25日東日本を駆け抜けた台風26号は、各地に大きな爪跡を残した。台風の直撃を受けた山梨県の足和田村西湖地区は、三沢山から押し出した山津波に呑まれ、20戸がマッチ箱のように押しつぶされた。死者22人、行方不明14人。また西隣りの根場地区では集中豪雨の為、あふれた小川が山を押し流し35戸を呑み込んだ。死者27人、行方不明37人、村は悲しみのドン底に突き落された。被災地にまた恐怖の夜がやって来た。人々はまだ泥の下に埋まっている肉親を思い、まんじりともしない。一夜あけて根場地区にやっと自衛隊800人が到着、救援活動が始まった。やがて厚い泥の下から変わり果てた遺体が運び出される。もうこの村に住むのは御免だと人々は先祖伝来の土地を捨てようとしている。しかし、まだ多くの遺体がこの泥の下に眠っているのだ。

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大毎ニュース 763 特集 あいつぐ空の惨事 カナダ航空機・BOAC機

133人の命を奪った全日空事故から1ヶ月、またも空の惨事が繰り返された。しかも連続して2つの事故。1966年3月4日、濃霧注意報下の羽田空港で、香港から来たカナダ航空のDC‐8が着陸に失敗、炎上した。乗務員、乗客72人のうち死者64人、奇跡的に命を取り留めたのはわずかに8人、殆ど無傷で脱出した男性は生きていることが信じられないと語る。この夜、カナダ航空は創立以来の大事故に混乱を起こし、その間、遺族は絶望と怒りに震えていた。事件当夜、DC‐8は高度を低くとり、海上の進入灯に脚をひっかけ、滑走路端の防波堤に激突。機体は1キロ四方に散乱、濃霧の中で着陸しようとしたパイロットのミスという説が強いが、空港の計器着陸装置が整備中で使えなかったという事実も明らかになった。そして空港再開からわずか7時間後、今度は香港に向かったBOACのボーイング707が、富士山上空で空中分解を起こし、2合目の雑木林に墜落した。乗員乗客124人は全員死亡、自衛隊員ら2500人が出動して遺体の収拾にあたった。タンカに染み付いた血が、墜落当時の激しい衝撃をもの語る。犠牲者のうち75人はアメリカの団体客で、初めての日本見物が死出の旅路となった。相次ぐ空の惨事に、カナダ航空からフィリップス副社長が、ロンドンからガスリーBOAC会長が慌ただしく来日した。新鋭ジェット機の連続事故は航空界に再検討を迫っている。わずか1ヶ月に3度の大きな事故を起した日本の空、心から乗客の安全を祈らずにはいられない。


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