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ニュース映画

大毎ニュース 776 星条旗の下の日本人 小笠原諸島

番組ID
N02147
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上映日
1966年06月08日(水)
時間(秒)
171
カテゴリ
社会
概要
小笠原墓参団が22年ぶりに訪れた父島の小曲墓地は荒れ放題のまま、人々は墓を清掃しやっと帰ってきたと夢にまで見た帰島を報告した(1966年5月24日)。父島大根山墓地での合同追悼式では、1日も早く共に暮らせる日が来るよう祈った。島の8年制小学校では、日本語の授業がわずか週1時間、これでは若い世代が日本から遠ざかるというのが島の人の嘆きだ。200人足らずの島の人達は、日常品の全てをグァム島から輸入、日本品は高くてなかなか手に入らぬのが悩みの種。日本への関心が高まるばかりの現在、もっと自由に往来したいというのが、戦後20年星条旗の下に暮らして来た島の人達の願いである。

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大毎ニュース 763 特集 あいつぐ空の惨事 カナダ航空機・BOAC機

133人の命を奪った全日空事故から1ヶ月、またも空の惨事が繰り返された。しかも連続して2つの事故。1966年3月4日、濃霧注意報下の羽田空港で、香港から来たカナダ航空のDC‐8が着陸に失敗、炎上した。乗務員、乗客72人のうち死者64人、奇跡的に命を取り留めたのはわずかに8人、殆ど無傷で脱出した男性は生きていることが信じられないと語る。この夜、カナダ航空は創立以来の大事故に混乱を起こし、その間、遺族は絶望と怒りに震えていた。事件当夜、DC‐8は高度を低くとり、海上の進入灯に脚をひっかけ、滑走路端の防波堤に激突。機体は1キロ四方に散乱、濃霧の中で着陸しようとしたパイロットのミスという説が強いが、空港の計器着陸装置が整備中で使えなかったという事実も明らかになった。そして空港再開からわずか7時間後、今度は香港に向かったBOACのボーイング707が、富士山上空で空中分解を起こし、2合目の雑木林に墜落した。乗員乗客124人は全員死亡、自衛隊員ら2500人が出動して遺体の収拾にあたった。タンカに染み付いた血が、墜落当時の激しい衝撃をもの語る。犠牲者のうち75人はアメリカの団体客で、初めての日本見物が死出の旅路となった。相次ぐ空の惨事に、カナダ航空からフィリップス副社長が、ロンドンからガスリーBOAC会長が慌ただしく来日した。新鋭ジェット機の連続事故は航空界に再検討を迫っている。わずか1ヶ月に3度の大きな事故を起した日本の空、心から乗客の安全を祈らずにはいられない。


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