テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

SBCスペシャル おおいけさん ~知的障害者と生きる~

番組ID
008139
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
1999年05月27日(木)19:00~19:54
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)
出演者
ナレーション:山下真須美
スタッフ
撮影:伊藤康雄、音声:佐藤勉、編集:和田秀一、EED:田崎精一、取材:野沢喜代、構成:野沢喜代、プロデューサー:善財優
概要
知的障害者が満たされた人生を送り、社会の中で自己の存在を発揮できるようにしようとする元教師の実践を紹介し、彼らとの交流を描く。◆長野県四賀村にある「四賀アイアイ」は、6年前に教師をやめた大池さんが設立した知的障害者の施設。養護学校の教師時代、彼は教え子の卒業後について悩む保護者の姿を目の当たりにしてきた。一方養護学校を卒業してなんとか社会に出ても、辛くきつい仕事に黙々と耐え、授産所と家庭の往復だけの何の楽しみもないまま、生き生きとした表情を急速に失って行く教え子達の姿があった。ならば自分たちの手で理想とする施設を作ろうと始めたのが「四賀アイアイ」である。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第47回教養番組優秀)

同じ年代の公開番組

ふくしまの素顔 大橋哲弥・秀三 ~力織機が生まれた絹の里~

偉人、有名人、人知れずに大事を成し遂げた人など、福島にゆかりある人物の足跡をたどり、その人の業績と人柄を描くシリーズ。◆「川俣の救世主・川俣のエジソン」とよばれた、大橋哲也・秀三兄弟は、明治41年大橋式力機織機を発明、特許を取得、大橋兄弟製作所を設立、その普及に努めた。1400年前、小手姫が養蚕に適したこの地で蚕を飼い糸を紡いで機織りの技術を人々に伝えたという伝説がある川俣町。明治17年、主にハンカチの素材として欧米へ売り込みに成功した頃から開発が進み、手工業に頼っていた機織りが電動化されていった。川俣の機織物の特産品は、「軽目羽二重」といわれるもので動力を利用した機織りには馴染みにくかったが、水力を使うなどの試行錯誤を繰り返しながら動力を使った機械を完成させていった。機屋は、昭和30年半ばから続いた繊維不況で大きく減少したが、現在も約70軒が生産を続けている。哲弥は、大正6年に37歳で、秀三はそののち39歳で亡くなるまで力織機の改良、新機種の開発、販売を積極的に行った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
鏡の中の自画像 ~在日教師と94翁~

戦争に直接加担した世代、自分の親が戦争に関わりを持った世代、戦争とは全く無縁の世代。それぞれの世代が、その世代なりの思いをこめて続ける草の根レベルの“日韓交流”を通じて、新しい時代の日韓関係を考える。◆岡山市の市立高校教諭全円子(チョン・ウォンジャ)さんは、在日韓国人2世。幼い頃から日本名を名乗ってきたが自分のルーツを隠さず生きようと、本名を名乗ることを決意した。全さんはある新聞記事をきっかけに94歳の僧侶大隅さんと出会う。大隅さんは、戦時中、反戦思想を唱えて逮捕され、さらに日本が植民地政策の1つとして現在のソウルに設けた思想教育施設「大和塾」で朝鮮半島の有力政治家や文化人にお経を教えるなど指導的な立場に立たされた経験を持つ。この大隅さんが戦時中日本に強制連行され死亡した韓国・朝鮮人の遺骨返還と慰霊に取り組んでいることを知った全さんは大隅さんのもとを訪ね、大隅さんの活動への協力と「大和塾」の実態調査に動き出した。互いの姿の中に戦争の暗い影を見た2人は「悲劇を二度と繰り返してはいけない」と誓い、その思いは高校生たちにも輪を広げる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組