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テレビ番組

ズバリ!当てましょう 600回記念大会

番組ID
000233
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放送日時
1976年09月11日(土)21:00~21:30
時間(分)
26
ジャンル
sports_esports
クイズ・ゲーム
放送局
フジテレビジョン(CX)
製作者
フジテレビジョン(CX)
制作社
フジテレビジョン(CX)
出演者
司会:泉大助、司会:あかはゆき、アシスタント:ザ・リリーズ、アシスタント:古川姉妹、アシスタント:キューティQ松原智恵子倍賞美津子柏木由紀子司葉子
スタッフ
プロデューサー:高田明侑
概要
視聴者参加の値段当てクイズ。第1コースはその日の出題者の提出した数点の品物の合計を10秒以内で答える。第2コースも同様だが、日ごろ目にしない珍しいものやトピックス的なものを出題し、併せてゲストによる紹介、解説、話題などを聞く。第3コースはコメディアンのコントによって呈示された品の値段を当てる。最後にスピーディな40秒ゲームがある。賞品はナショナルの家電製品。(1961年8月5日~1972年2月12日、1975年10月4日~1982年3月27日放送)◆この回は放送600回記念大会。女性芸能人とその姉妹4チームが様々な値段当てに挑戦する。また、歴代アシスタントがスタジオにかけつけて番組を盛り上げる。司会は泉大助、あかはゆき。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第13回視聴者参加番組優秀)

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札幌オリンピックのスキージャンプ競技の金メダリスト、笠谷幸生。笠谷の幼少時代からこれまでの功績やオフシーズンに洋酒メーカーの営業として働く姿、最後のオリンピックへ向けたトレーニング、そして引退への心境を描く。◆笠谷は北海道余市郡出身。8歳上の兄のスキージャンプを小さいころから見続けていた。その環境が笠谷をスキージャンプへと自然に導いていった。高校スキーの名門である余市高校に入学後、海外遠征にも出て行くようになり、1963(昭和38年)の全日本選手権で2位という成績を残す。1位は同時期全盛期を迎えていた日本初の100mジャンパーである菊地定夫選手。笠谷も菊地と並び日本を代表する選手となっていった。笠谷が初めてオリンピックに出場したのは、1964年オーストリアで開かれたインスブルック五輪。この大会で日本選手として最良の成績を残す。その後の世界の大会でも好成績を残し、世界の一流ジャンパーとなった笠谷は1972年の札幌五輪に向けて期待を集めて行った。そして札幌五輪で金メダルを獲得し、「日の丸飛行隊」と呼ばれることとなる。その後1976年のインスブルック五輪を最後に引退する。◆放送番組センター協賛番組


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