テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料
明治100年にあたり、近代日本の足取りを証言者と記録映像によって振り返り、検証するスタジオドキュメント。(全39回)◆太平洋開戦前夜に焦点をあてる。1933年(昭和8)2月に国際連盟を脱退して以来、国際的に孤立化していった日本が、日独伊三国同盟、日ソ中立条約、南部仏印進駐、日米交渉、ハル・ノートなど、一連の外交交渉のすえ、ついに太平洋戦争に突入した経過を外交上の見地からたどる。
天使のいたずらで女の体に男の心が入ってしまったお姫様、サファイヤ。男しか世継ぎになれない王国で男の子として育てられるが、大臣たちはサファイヤが本当は女の子であることを暴いて国をのっとろうとする。サファイヤはリボンの騎士に変装して企みに立ち向かう。(1967年4月2日~1968年4月7日、全52回)◆隣国の王子フランツを招待して、盛大な船上ダンスパーティが開催された。ナイロン卿は一計を案じ、サファイヤは女の子かもしれないとフランツに耳打ちする。フランツは好奇心からサファイヤにわざとダンスを申し込む。一方、船底では奴隷たちが反乱計画を実行に移そうとしていた。
明治以後日本が近代化していく歴史の中で、真の人間教育のために努力をつづけた無名の教育者三代の姿を描く。各々の時代の子供を通して、日本の教育100年の歴史と伝統を浮き彫りにする。ナレーションは、立川談志と子どもたちのかけあいで、現代の子どもの疑問をとくことにつとめた。(1969年4月5日終了)
従軍看護婦の生々しい戦争体験を聞いたスタジオ対談番組。聞き手は三国一朗。◆日中戦争から太平洋戦争にかけて出征した従軍看護婦は、日赤出身者だけで約3万3千人。戦死者は日赤がまとめた「遺芳録」に日赤看護婦の殉職者1080人とあるだけで、それ以外ははっきりしないという。番組では、日赤病院甲種救護看護婦養成所を経て、1944年5月にフィリピン方面に派遣された女性から凄惨な戦場の証言を聞く。彼女は、食糧と医薬品の欠乏から傷病兵を見殺しにした悲惨な体験を語り、最後に「恥を知れ」という戦陣訓がなかったら惨事はもう少しは避けられただろうと結ぶ。
明治100年にあたり、近代日本の足取りを証言者と記録映像によって振り返り、検証するスタジオドキュメント。(全39回)◆アメリカのライト兄弟が初めて空を飛んだのが1903年のこと。そして半世紀あまりのうちに飛行機は文字通り飛躍的な進歩を遂げた。日本では、陸軍の徳川好敏大尉がアンリファルマン機で約3キロの飛行に成功したのが1910年(明治43)12月19日である。以来1世紀の間に活躍した日本のヒコーキ野郎の歴史をつづる。パイロットの大先駆者伊藤音次郎さんや太平洋戦争に参加したパイロットで作っている零(ゼロ)戦会の会員もその体験を語る。
1957年開始の「日本の素顔」と1962年開始の「現代の記録」を統合して始まったドキュメンタリー番組。社会で起こっている出来事、状況を取材し、問題提起する。(1964年4月12日~1971年4月2日放送)◆近代的な雇用関係が確立した現代において、昔ながらの「のれん分け」制度を組み入れた経営を進めて成功している総合食料品販売会社がある。この店ひとすじに青春時代を送り、独立という夢をようやく実現した若者たちと、経営者の姿を描く。
弱虫でオッチョコチョイのミツ夫は、ある日スーパーマンに「パーマンセット」をもらった。マスクをかぶると人間の6千6百倍の力が出るようになり、マントをつけると時速91キロメートルで空を飛べるようになる。ミツ夫はパーマン1号となって、2号(チンパンジー)、3号のパー子(女の子)、4号のパーやん(大阪っ子)、5号のパー坊(赤ん坊)とともに、地球の平和と正義を守るため活躍する。(1967年4月2日~1968年4月14日放送、全54回)◆悪事を働いてはパーマンたちに邪魔される悪人たちは、ついにパーマン抹殺を企てた。パーマンたちと悪人の追いかけっこが始まる。(番組のオープニングとエンディングはありません)
社会のなかで生きる日本人を描いたヒューマンドキュメンタリーシリーズ。(1964年11月1日~1971年4月3日放送)◆8歳でヤマに入り、50年間にわたって炭鉱で働いた山本作兵衛さんは60歳になって絵筆をとり、身体に染み付いた地底での労働の様子と炭鉱街の暮らしを描き続けた。その作品からは筑豊の炭鉱に生きた人々の歴史が生き生きと読み取れる。※山本作兵衛さんが描いた炭鉱記録画および記録文書は、2011年(平成22)5月、ユネスコの世界の記憶に登録された。
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