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ニュース映画

毎日世界ニュース 433 子供たちに音楽を

番組ID
N00888
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年11月25日(水)
時間(秒)
226
カテゴリ
社会
概要
1959年で80周年を迎えた小学校の音楽教育は、各地に豊かな実りを見せている。福島市立第一小学校では5年前から音楽教育の普及に乗り出し、今では全校1400名の全てに楽器が行き渡り、全校大合奏が子供たちの絵にまでなった。PTAの熱意が実った小倉市堺町小学校の立派な器楽室には、58台のオルガンがずらりと並んでいる。才能教育の先端を行く東京の桐朋学園などその代表的なものである。しかし一般の学校の場合は、まだまだ子供の夢を満たすにはかけ離れた現状で、中には戦後15年というのに、音楽教室のボロボロな学校さえ残っている。茨城県石下町の岡田小学校に、このほど待ちわびたピアノが届いた。今までオルガンでしか歌ったことの無い子供たちは、目を輝かせてピアノの周りに集まり、いつのまにかコーラスが始まった。こちらはコーラス日本一の栃木県天明小学校。音楽に飢えている地方の子供たちに、もっともっと明るい夢を与えてやりたいものだ。

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毎日世界ニュース 436 さよなら日本

1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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