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テレビ番組

FNSドキュメンタリー大賞 妻を迎えに ~女川の海に潜り続けて~

番組ID
214894
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放送日時
2021年05月29日(土)15:00~15:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
仙台放送(OX)
製作者
仙台放送(OX)
制作社
仙台放送(OX)
出演者
ナレーション:野田圭一
スタッフ
撮影:佐藤佑、編集:上池隆宏、CG:清野雅敏、CG:菊地渉、タイトル:小野寺貴文、MA:市原貴文、音響効果:角千明、作曲:シルヴァン・ギネ、演奏:植原晴子、ディレクター:大山琢也、構成:大山琢也、プロデューサー:菊地章博
概要
宮城県女川町では、東日本大震災で615人が死亡、257人が行方不明となった。この町に住む高松康雄さんは、行方不明となった妻の祐子さんを探すため、潜水士の資格を取り毎週海に潜っている。きっかけは震災から1カ月後に見つかった祐子さんの携帯電話だ。勤務先で避難していた祐子さんは、津波が押し寄せる中、高松さんにメールを送っていた。「大丈夫?帰りたい。」妻の想いに応えるため、海に潜ることを決心した。しかし、1回の捜索で可能な潜水は20分~30分程度。体への影響も考え1日2回までとしている。捜索活動を続けるが、祐子さんにつながるものは見つからない。震災から10年目の2021年3月11日、高松さんは、祐子さんと同じ職場だった犠牲者遺族と一緒に海上から花を手向け、「どこにいるの」と声をかけた。海を見るたび「このどこかにいるのだろう」という気持ちになる。今年で65歳。捜索を始めて7年目。海に潜った回数は 500回に迫ろうとしている。「迎えにいく、会いにいくという気持ちは変わらない。後は体力がどこまで持つか」と語り、高松さんは海に潜り続ける。 

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